4.ポスドクステーション

(1)概要

 「ポスドクステーション」は、ノーベル賞受賞学者である李政道教授の提言に基づき1985年に開始された、博 士学位を取得したポスドク人材の活躍とイノベーション力の向上を目的として設置される高級知識人材の交流と研究の場で、博士学位取得後の人材育成のために中国政府が推進している施策である。

 「ポスドクステーション」は国内の大学や大学院、大規模ハイテク企業、留学人員創業園などの研究機関に設置される。博士学位を取得した若手の優秀な研究者を選定して一定の期間、国 家の経費助成のもとで科学研究活動に従事させ、専門分野の異なる研究者との交流や共同研究、また産学研共同プロジェクトへの参画などを通じて、学術分野のリーダーとなる人材を養成するとともに、科 学研究成果を産業へ転化させること狙いとしている。

(2)背景および実施経緯

 1957年にノーベル物理学賞を受賞した米国籍の李政道コロンビア大学教授は、中国政府に対して1984年、「ポスドク青年人材の培養組織の必要性」と題する提言を行った。この中で李教授は、長 年の米国での研究生活からの考察を通して、中国が発展して世界の大国となるためには、科学技術分野をけん引する人材を多く養成することが不可欠であるとの考えを示した。

 同教授は、博士学位の取得は国家の高級知識人材を育成するための一環に過ぎず、世界の先進各国では博士学位を取得した若手研究者は、学 位取得後も2年ないし6年の独自の研究活動を継続して研究能力を成熟させ、イノベーション能力を涵養していると指摘した。そして自由闊達な学術環境の中で、専 門分野の異なる多方面の学者との接触を通じて視野を広めることが重要であり、そのことが科学技術の新たな分野を開拓して国民社会経済の建設に貢献できる人材を育成するために重要な条件であると強調した。

 新中国の建国以来、科学技術活動は社会主義計画経済のもとで全面的に国家計画に属するものであったため、教育、科学研究、人事、社 会福利等の制度は国家の計画経済体制の枠組みの中で人材や資源等の割り当てが政府によって行われ、人材の流動性が比較的に少なく、教 育や科学研究の分野で学問領域を横断しての積極的な人材交流や共同研究が行われることはあまりなかった。

 1980年代は改革開放政策と社会主義市場経済の進展にともなって、旧来の社会主義計画経済を背景とした高等教育機関や科学研究分野での人材交流の少なさが、国 家の高級知識人材の育成と活用の両面において弊害となりうることが中国でも認識されつつあった時期であった。こうした中で、李 政道教授のポスドク人材の培養組織の必要性に関する提言は中国政府の上層部をはじめ教育、科学技術分野の各界の重大な関心を集めた。

 1984年5月、鄧小平元共産党総書記が李政道教授との会見を行い、提言に対する全面的な賛同の意を表明したうえで「高級知識人材の育成と活用のために、数 多くのポスドク人材の流動拠点を建設して科学技術分野のリーダー人材の交流方式を制度化すべきである」との方向性を示した。

 これを受けて国家科学委員会、教育部および中国科学院は1985年5月、共同で国務院へ「ポスドク科学研究流動ステーションの試行実施に関する報告」を提出し、同年7月に同報告が国務院より承認されて、中 国のポスドク制度の導入が正式に決定した。

 国家科学委員会の主導により「全国ポスドク管理委員会」が組織され、ポスドク制度の具体的内容の研究が進められ、1986年3月に「ポスドク研究人員管理工作暫定規定」が公表されて、同年11月公表の「 国家ポスドク科学基金施行条例」とともに中国独自のポスドク制度の基本が制定された。

 1988年以降、ポスドク制度の主管は科学技術委員会から国家人事部へ移された。これは同制度が、国家の社会経済全体の発展に深く関わる科学技術の重大課題を解決できる高級知識人材を育成するための、国 家レベルの人材政策であると位置づけられたことを示している。

 全国ポスドク管理員会は1985年、手始めとして72の大学、研究所等の機関で102の「ポスドクステーション」の設置を基本承認し、引き続いて90年までに3回の規模拡大の見直しが行われて約800の「 ポスドクステーション」が全国に展開された。

 1990年代に入り、社会主義市場経済の進展とグローバル競争の浸透にともない、産学研の連携により大学や研究機関での研究成果をビジネスとして事業化し、国 際競争力を向上させる政策が次第に重視されるようになった。このため中国政府は1994年、企業への「ポスドクステーション」の設置を正式に認めることとし、優 秀なポスドク人材が企業系の研究所に在籍することを奨励し、産学研の連携による先進的ハイテク技術の事業化を目指す方向での実践的な研究活動が強化された。

 1999年には「企業ポスドクステーションの積極展開に関する意見」が国家人事部から公表され、企業での「ポスドクステーション」制度が科学技術人材の育成とともに、高 度な経営管理人材を育成することにも貢献し、産学研の結合を加速して良好な成果を上げていると指摘した。そして「企業ポスドクステーション」を 大学や研究機関の科学研究成果を企業での事業化に結びつけることを促進するための懸け橋として更に発展させていく方針が示された。

 その後も、中国の社会経済発展の基本計画である「国民社会経済発展規画」の期間に合わせて、2001年に「ポスドク工作『10次5ヵ年』規画(2001~2005年)」、2006年に「ポスドク工作『 11次5ヵ年』規画(2006~2010年)」が公表され、「ポスドクステーション」は、経済の知識化がグローバルに進展する中で、中 国の社会主義市場経済の発展のために必要とされる科学研究の成果と人材育成の両面で国家社会に貢献する制度として発展している。

(3)実施状況および成果

①施策の内容とポスドク人材の処遇

 中国のポスドク制度は、ポスドク人材が研究活動に従事する場として、「ポスドク科学研究流動ステーション」と「ポスドク科学研究工作ステーション」の2種類の「ポスドクステーション」がある。

 「ポスドク科学研究流動ステーション」は、大学あるいは大学院が自ら博士学位の授与権限を有する1級学科の範囲内で設置するもので、全 国ポスドク管理委員会の承認を受けてポスドク研究人員を招致することができる。

 また、「ポスドク科学研究工作ステーション」は、独立した法人格を有する企業等の組織内において、全国ポスドク管理委員会の承認を経てポスドク研究人員を招致することができる組織であり、産 学研の研究成果を実際のビジネスへ転化するための技術研究が主な活動となっている。

 「ポスドク研究人員」は、全国ポスドク管理委員会の承認を受けてポスドク名簿に登録された「ポスドク科学研究流動ステーション」あるいは「ポスドク科学研究工作ステーション」で 研究に従事する研究者であり、「ポスドク管理規定(2006年12月29日公表)」では原則として博士学位を有する40歳以下の研究者であることが条件として規定されている。なお、「ポスドクステーション」と 他の仕事の兼務は認められない。

 「ポスドクステーション」での在籍期間は2年が基本であり、原則として3年を超えることはできない。ただし、国家重大プロジェクト等の国家助成を受けたプロジェクトに従事する場合は、必 要に応じてポスドクステーション設置機関が全国ポスドク管理委員会の承認を受けて期間を延長することが認められる。

 ステーションに在籍する期間中は「ポスドク人員目標管理制度」に基づいて研究成果を定期的に書面で報告し、ポスドクステーション設置機関による評価を受けることが求められ、中 間考課で不合格となった場合は任期途中で招致を解除される場合もある。

 ポスドク研究人員の任期が満了すると当該「ポスドクステーション」を出なければならない。申請により研究上の必要が真に認められた場合には、他の「ポスドクステーション」で の研究に継続して従事することができるが、その場合でも6年を超えることは認められないと規定されている。

 なお、出身大学の設置する「ポスドクステーション」には入れない規定があるが、これは同制度が高級知識人材の幅広い交流を促進することによって、人 材育成と科学技術研究のイノベーション能力の向上を図ることに主眼を置いているためである。

 「ポスドクステーション」に所属している間はステーションを設置する招致機関の正規職員と同じ基本給与や医療保険などの福利厚生と待遇を受けることができ、ま たポスドク研究人員の日常経費のための助成金が国から支給される。助成金は2006年の改定により2年ごとに6万元から2年ごとに10万元へ支給額が増額された。

 中国政府はポスドク制度を推進するために国家財政を投じてポスドク人材のための専用住宅の整備を進め、1985年から2000年までに2.3億元を投じて5750戸が建設された。

②「ポスドクステーション」の展開状況

 全国に設置された「ポスドクステーション」の2000年末と2005年末の拠点数の状況を第2-2-8表に示す。「ポスドク科研流動ステーション」が947ヵ所から1363ヵ所へ44%増加し、「 ポスドク科研工作ステーション」は256ヵ所から1318ヵ所へ5倍以上の顕著な増加となった。これは企業に設置され新技術の事業化に関する研究を主に行う「ポスドク科研工作ステーション」が 1999年の導入以来、全国で急速に拠点数を増加させたためである。「ポスドクステーション」全体では1203ヵ所から2681ヵ所へ2.2倍の規模へ拡大した。

第2-2-8表「ポスドクステーション」の拠点数
項 目 2000年末 2005年末
ポスドク科研流動ステーション 947 1363
ポスドク科研工作ステーション 256 1318
合計 1203 2681
出典:全国ポスドク管理協調委員会ホームページ

 ポスドク制度が始まった1985年から2008年までの「ポスドクステーション」研究人員の招致人数の毎年の推移を第2-2-1図に示す。ポスドク人材の累計招致人数は6万人に達している。

第2-2-1図 ポスドクステーション研究人員の招致人数の推移(単位:人)

第2-2-1図 ポスドクステーション研究人員の招致人数の推移

出典:全国ポスドク管理協調委員会ホームページ

ポスドク科学基金

 「ポスドク科学基金」は1985年に始まった中国のポスドク制度に合わせて、ポスドク研究人材の中でも傑出した能力を持つ若い優秀人材の研究活動を支援し、高 水準の専門人材を早期に育成することを目的として、1986年11月公表の「国家ポスドク科学基金施行条例」によって導入された。1990年5月に中国ポスドク科学基金会が設立され、2 007年までに累計で1万4556人のポスドク研究人員に対して基金から研究資金の助成が行われた。

 「ポスドク工作『11次5ヵ年』規画(2006~2010年)」では、国家財政からポスドク事業全般に対して、「同『10次5ヵ年』期間(2001~2005年)」の 3倍に相当する総額15億元を超える資金投入を行い、このうちポスドク科学基金へ5億元を配分する方針が示されており、1万2000人のポスドク研究人員に対して助成が行われる計画である。

 ポスドク科学基金の助成金額は1プロジェクトに対して3万元もしく5万元で、基礎分野の創造性に富む研究内容で、かつ社会公益性の高い研究活動に対して重点的に助成が行われる。

 また、「ポスドクステーション」に在籍している期間中に重大な革新的成果を挙げたポスドク研究人員に対しては10万元の支援が与えられる特別助成金がある。

④成果

 中国政府は2006年10月に公表した「ポスドク工作『11次5ヵ年』規画」において、20年余りにわたって建設してきた中国ポスドク制度について総括した。それによると、中 国の国情を踏まえながら諸外国の経験も取り入れて導入された中国独自のポスドク制度は、臨機応変な管理と運用によって若い優秀なポスドク人材層を育成するとともに、分 野を超えた学術交流によって交叉学科や最先端学科の発達をもたらし、中国の科学技術事業の発展に大きな貢献を果たしたと高く評価した。

 2008年までに全国に設置された「ポスドクステーション」は第2-2-9表に示す通り、「ポスドク科学研究流動ステーション」が1794ヵ所、「ポスドク科学研究工作ステーション」が 1669ヵ所となっている。また、「ポスドクステーション」設置機関の分布も全国にすそ野を広げており、産学研の活動を緊密に結合させる中国ポスドク制度の体系が整備されている。

 「ポスドクステーション」は中国の社会主義市場経済の建設において、学術分野の高級リーダー人材を養成するとともに、科 学技術研究の成果の産業化を促進することを通じて中国社会経済の発展に貢献する制度として定着を見せている。

第2-2-9表 ポスドクステーション設置状況(2008年7月現在)
省市 設置機関数 ポスドク科学研究流動ステーション ポスドク科学研究工作ステーション
北京市 106 380 193
江蘇省 30 170 179
上海市 31 154 81
湖北省 20 117 45
陝西省 20 108 47
広東省 16 81 150
湖南省 10 77 43
遼寧省 19 75 61
四川省 17 69 52
山東省 11 67 119
黒竜江省 11 63 77
天津市 9 58 44
吉林省 8 53 23
浙江省 4 48 99
重慶市 6 41 35
安徽省 9 39 48
福建省 7 34 51
河南省 6 28 84
甘粛省 9 27 22
河北省 7 27 46
新疆自治区 6 19 31
山西省 6 17 16
雲南省 7 15 18
江西省 4 9 28
広西省 3 7 28
内蒙古自治区 2 6 19
貴州省 2 2 12
青海省 2 2 1
海南省 1 1 8
寧夏自治区 0 0 8
チベット自治区 0 0 0
香港特別行政区 0 0 1
合計 389 1794 1669
出典:全国ポスドク管理協調委員会ホームページ

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