5.長江学者奨励計画

(1)概要

 「長江学者奨励計画」は、1998年に始まった中国教育部と香港李嘉誠基金会が共同で資金助成を行う高等教育人材の育成計画である。香港李嘉誠基金会は香港最大の企業グループである「長江集団」の創設者である李嘉誠氏によって設立されたチャリティー基金であることから「長江学者者奨励計画」の名称が付けられた。

 中国の大学の学術地位を向上させ高等教育全般を振興するため、国内外の優秀な学者を中国の高等教育機関に招致して、国際的にトップレベルの学術界のリーダーを養成することを目的とする。

(2)背景及び実施経緯

 1995年に中国政府は、科学技術は第一の生産力であるとの新たな認識のもと「科教興国」戦略を打ち出し、教育を基本として科学技術を社会経済発展の重要な位置に置き、科学技術の実力を向上させて生産力の増強に転化させる能力を高める国家戦略の基本方針を打ち出した。「科教興国」戦略を遂行するためには人材育成が何よりも重要であり、高等教育には科学技術を発展させて中国の社会建設に貢献する大きな役割が期待され、中国政府は「211プロジェクト」や「985プロジェクト」に代表される高水準の大学と重点学科を構築するための施策を相次いで導入し、中国の高等教育改革が進められた。

 しかしながら当時の中国高等教育界では教師人材の育成が大きく立ち遅れ、教員の資質レベルが見劣りし、高等教育全体として経済社会の発展ニーズに十分に対応することができない状況にあった。

 1998年の時点で中国の全国の大学には40万8000人の専任教員が在籍していたが、このうち博士学位を有している者はわずかに4.6%にとどまっていた。文化大革命の約10年にわたる高等教育発展における断絶がもたらした人材面での影響は大きく、大学における優秀な教員層のリーダー人材が極めて乏しい実態となっており、才能のある若い人材を育成する高等教育体制が整っていなかった。

 そこで教育部は、国内外の高等教育界から著名な人材を招致して中国の大学で教育の指導に当たってもらい、中国の大学教師の水準を早急に引き上げる計画を検討した。国内外から優秀な教師を高等教育機関へ招致する教育部の計画案は、香港の著名な実業家である李嘉誠氏の支持を受け、教育部と香港李嘉誠基金会の共同出資によって中国高等教育人材を育成するプロジェクトである「長江学者奨励計画」の実施が正式に決定した。

 教育部は1998年8月4日、北京大学で「長江学者奨励計画」の実施に関する発表会を行うとともに、「長江学者特別招聘教授制度の実施管理法」および「長江学者業績賞の実施管理法」を公表して「長江学者奨励計画」が全面的に開始された。

 「長江学者特別招聘教授制度の実施管理法」は第1期の実施期間として、3 年~5年の間に全国の大学に建設された国家重点学科に500ないし1000の長江学者特別招聘教授が在籍する拠点学科を設置する計画を示した。1 999年には長江学者奨励計画専門家委員会の提言により特別招聘教授制度と同じ枠組みのもとで、海外で教学あるいは研究活動に従事しており通年で中国に帰国して長江計画に参加することが難しい有名学者を対象とした「講座教授制度」を新たに導入し、毎年10人を招聘する方針が追加された。

 教育部は2004年、「教育振興行動計画(2003~2007年)」を公表して人材強国戦略を更に推進していく基本方針を示すとともに、「大学イノベーション人材計画」を策定して「長江学者奨励計画」をその中核プロジェクトとして位置づけた。

(3)実施状況および成果

①長江学者特別招聘教授制度

 「長江学者奨励計画」での国内外の教授の特別招聘は、「985プロジェクト」における「科学技術イノベーションプラットフォーム」と「哲学社会科学イノベーションプラットフォーム」の建設や「国家重点学科」プロジェクト等の高等教育振興計画の推進を支援する形で実施された。

 各大学は設置されている重点学科等を対象として、国内外から長江学者特別招聘教授の条件に合う人材を公募し、教育部と香港李嘉誠基金会が組織する長江学者奨励計画専門家委員会の審査を経て教授の招聘が決定される。専門の学術分野に対する造詣が深く革新的で戦略的な思考を持ち、当該学科を国際的な先進水準へ引き上げる能力を有していることが長江学者特別招聘教授の選考基準となっている。なお、海外から招致される人材は原則としてハイレベル大学の助教授以上もしくは同等の職位にあることが条件である。

 「長江学者奨励計画」による特別招聘を受けた教授は、大学の学科の主要課程で自ら講義を行い、博士課程および修士課程に在籍する研究生を指導するとともに、国家重大研究プロジェクトに積極的に参画して顕著な成果を挙げて、当該学科のレベルを国際的な先進水準へ向上させることが求められる。また、任期中は少なくとも毎年9ヵ月以上は招聘された大学で教育と研究活動に従事しなければならない。任期は3年であるが満了時に継続審査に合格すると2年の招聘延長が認められる。

 招致期間中は教育部から毎年10万元の奨励金が支給される他、各大学等の規定に基づき所定の給与、医療保険等の福利厚生が提供される。また、招聘を行った大学は教授の研究活動のために必要な研究経費を負担し、良好な研究と生活の条件を提供しなければならないものとされ、2004年6月に発表された「長江学者招聘管理法」(教育部発布〔2004〕4号)は自然科学の教授には200万元、人文社会科学の教授には50万元以上を大学が経費支援する必要があると規定している。

②講座教授制度

 「長江学者奨励計画」の講座教授は、海外で教育あるいは研究活動に従事しているため通年で中国に帰国して長江計画に参加することが困難な有名学者を対象として、原則として特別招聘教授が置かれた学科に招致される。国内外から公募を行い、教育部と香港李嘉誠基金会が組織する長江学者奨励計画専門家委員会の審査を経て招致が決定されるプロセスは特別招聘教授制度と同様である。< /p>

 人選の基本条件は、専門の学術分野に対する造詣が深く国際的に認められた顕著な実績を有しており、現に海外のハイレベル大学で教育もしくは研究の第一線に従事している副教授以上もしくは同等の職位にある者とされている。

 講座教授は専門学科の最先端領域の講義を自ら行い、博士課程および修士課程に在籍する研究生を指導し、当該学科の発展方向に関する重要な提言を行うとともに、国際先進水準の研究チームの形成に積極的に参画することが求められる。

 講座教授は、招聘を受けた中国の大学に毎年少なくとも3ヵ月以上在籍して教育と研究活動に従事しなければならない。教育部は招致期間中、講座教授に対して奨励金として毎月1万5000元を実際の就業月数に応じて支給する。

③長江学者業績賞

 長江学者業績賞は、潜在能力のある中国人学者の先進的な研究活動を奨励して、科学技術分野で革新的な成果を挙げることを目的として、教育部が香港李嘉誠基金会の協力により実施している。

 1998年の導入時には中国内地の大学で、長江学者として研究に従事する者のみが奨励の対象範囲であったが、2005年に改定が行われ中国大陸および香港、マカオ地区の大学あるいは中国科学院傘下の研究機関に在籍している華人学者に対象が広げられた。

 また、2007年の改定で表彰区分が細分化され、数理科学賞、生命科学賞、情報科学賞、工学科学賞、環境科学賞の学科単位の選定となった。なお、環境科学賞は奨励対象として国家環境保護部に属する研究機関が追加されている。

 毎年1回、教育部と香港李嘉誠基金会が組織する長江学者奨励計画専門家委員会により原則として、一等賞1名と二等賞3名の受賞者が決定され、授与される奨励金は香港李嘉誠基金会が全額を寄付する。第 2-2-10表に長江学者業績賞の主な内容を示す。

第2-2-10表 長江学者業績賞の主な内容
奨励範囲 中国大陸および香港、マカオ地区の大学あるいは中国科学院の機関で研究および教職に従事している華人学者。
対象人員 ・高い科学道徳観を有する50歳以下の研究者。
・自然科学研究を主として専門学科で国際的に認められた先進水準の科学研究成果を有すること。
奨励方式 原則として毎年1回表彰を行う。
・一等賞1名 奨励金100万元
・二等賞3名 奨励金50万元/1名につき
出典:長江学者業績賞実施弁法(2005~2009年)より

④成果

 中国教育部人材発展弁公室が公表したデータによると、1998年から2006年までに97校の大学に8回に分けて、799人の長江学者特別教授および308人の講座教授が招聘された。

 これらの「長江学者奨励計画」のもとで招聘された合計人数の1107人のうち、98%が博士学位を有し、94%が海外留学あるいは海外での研究に従事した経験を持つ人材であった。招聘を受けた時点の平均年齢は42歳で最も若い者は30歳である。

 2008年12月8日付「新華網」は1998年から2008年までに全国の115校の大学で招聘した長江学者は1308人に達し、このうち905人が長江学者特別教授、403人が講座教授であると報じた。< /p>

 「長江学者奨励計画」の実施によって、それぞれの大学の学科や研究所のニーズに応じた教師人材の公募が行われ、高等教育界の人事制度に競争と成果評価による管理手法が初めて導入されたことによって大学改革が促進された意義は大きかった。また、海外での教学および研究経験の豊富な教授陣を多く招致したことにより、中国の大学の国際研究協力や海外の大学との交流が促進され、国際学術会議の開催数の増加など多様な方式で、若い教師のレベル向上の機会が与えられた。

 華人学者の先進的な研究活動による革新的成果に対して与えられる長江学者業績賞は、1999年の第1回から2008年までに、22人の優秀学者に授与された。生命科学、資源環境科学、情報科学、工学科学を中心とする科学技術の分野で中国のトップレベル大学の学科の国際競争力を向上させる成果を挙げている。

 長江学者業績賞を獲得した招聘教授および招聘大学と研究分野を第2-2-11表に示す。

第2-2-11表 長江学者業績賞の状況(1999年~2008年)
第1回 1999年
一等賞 上海第二医科大学 陳竺 
白血病の遺伝子配列研究
一等賞 湖南医科大学 夏家輝研究チーム
遺伝病遺伝子のクローン研究
二等賞 清華大学 範守善
カーボンナノチューブに関する研究
第2回 2000年
一等賞 西北大学 舒徳干研究チーム
カンブリア紀における生物種大爆発に関する研究
二等賞 該当なし        -

第3回 2001年
一等賞 南開大学 張偉平
微分幾何学のAtiyah-Singer指標理論及び応用研究
一等賞 北京師範大学 李小文
地質に関する定量遥感信息科学の研究
二等賞 該当なし        -

第4回 2005年
一等賞 中国農業大学 李寧
クローン牛の産業化研究
二等賞 中国科学院遺伝発育生物学所 李家洋
高等植物分子遺伝学の研究
二等賞 第二軍医大学 曹雪涛
基礎免疫学及び遺伝子免疫分子の機能に関する研究
二等賞 香港中文大学 沈祖尧
ウィルス性遺伝子組み換えと癌物質に関する研究
第5回 2006年
一等賞 中国科学院昆明動物研究所 張亜平
遺伝子の分子進化と生物多様性に関する研究
二等賞 西南交通大学 翟婉明
鉄道の高密度、大容量、高速運輸に関する研究
二等賞 香港中文大学 蘆煜明
人体血漿細胞外核酸生物学および診断応用研究
二等賞 北京大学 方精云
気候変化と陸地生態系の炭素蓄積量変化の研究
第6回 2007年
生命科学賞 香港中文大学 陳小章
上皮細胞の生物学的研究
工学科学賞 ハルピン工業大学 馬軍
汚水浄化技術の研究
環境科学賞 中国科学院生態環境研究中心 江桂斌
環境汚染のプロセス管理と生態毒理学の研究
第7回 2008年
数理化科学賞 中国科学技術大学 陳仙輝
鉄基化合物超伝導体の新材料に関する研究
生命科学賞 北京大学 程和平
心筋のカルシウムスパーク信号による興奮収縮細胞分子の研究
資源環境科学賞 中国科学技術大学 鄭永飛
鉱物中の同位元素残留係数理論と実験測定法の研究
情報科学賞 北京航空航天大学 張広軍
精密光電識別システムによる航空制御機器技術の研究
工学科学賞 上海交通大学 林忠欽
自動車車体製造品質管理に関する基礎技術と応用研究
出典:中国教育部科技発展中心ホームページ「長江学者業績賞」

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