第12回研究会「渡辺賢治センター長講演録」

渡辺 賢治 (慶應義塾大学医学部漢方医学センター長) 2008.11.17開催

 慶應大学の渡辺と申します。よろしくお願いします。
今日は孫先生のすばらしい御講演に続きまして、私の話は盲人が象をなでていると解釈していただければ幸いです。
孫先生の御講演の最後の漢方の名称に関して、私は日本東洋医学会の理事をやっておりますので、日本の立場を申し上げますと、漢方という言葉自体は、江戸時代に日本で作られたものです。
漢というのは、要するにヨーロッパのラテンのようなイメージで、アジア地域全体に共通の財産だと我々は考えています。それを尊重するという意味を込めて、「漢方」という言葉をあえて残させていただきます。

 実は本日のパワーポイントは、先週リクエスト受けまして、慌てて作ったんですけれども、後から今日のプログラム抄録を見たら、自分で書いたはずなんですけれども、抄録とパワーポイントが全然内容が違っていたので、慌てて今朝スライドを直しました。皆様も配布資料と違っていることをまず講演に先立ちましてお断り申し上げます。
一番最初に、このような機会をお与えいただきまして、JSTの中国総合研究センターの先生方に感謝申し上げます。
抄録には4つのテーマが目次にありましたので、これに沿って話をいたします。

国内の医療への貢献

 まず最初国内の医療への貢献ということで、これは日本の国内の医療事情を勘案した話になります。
現在わが国は臓器別の専門医重視の立場から、総合医、家庭医重視の方向に向かっております。これに関しては厚生労働省に「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医のありかた」を討議する班研究が舛添大臣の肝煎りで立ち上がっております。
なぜかと言うと、高度成長のときの生産者を支えなくてはいけない医療から、現代は高齢者をいかに支えるか、という医療にシフトしつつあります。その場合には臓器別の診療だけでは対応不可能で、全人的な医療が求められるからです。
昔の開業医さんというのは、何でもやっていたんですけれども、今は大学で臓器別のトレーニングを受けてから開業すると、全身が診れない、いう医師が余りにも多いということで、今はそこの制度の改革が討議されております。
その班の中に、後でホームページが出てきますけれども、私は11人目のメンバーに加えていただきまして、それだけ漢方に対する期待が、日本の中にあることの裏返しかと理解しております。

 最初のスライドです。日本版の総合医というものは、漢方を駆使できるようにすべき、ということです。これはイギリスのGPとかアメリカのFamily Practiceとかいろいろな制度があります。現在慶應の学生に調べさせているんですけれども、いろいろ制度的なものもありますが、まず日本版の総合医をつくるのであれば、日本独自の制度にすべきであろうと思います。
日本独自のものというと、漢方かなというのが私の思いでございます。
実際、総合医とは何だということを申し上げますと、総合医というのはCommon diseaseすなわち日常ある腹痛、頭痛、そういったものが診られる、ということを指します。Common diseaseの30疾患を診られれば、医療の8割はカバーできるともいわれております。実はそこの30のCommon diseaseの中には、漢方で解決できるものが非常に多いのです。
今日は時間がないので全部を示すことはできませんが、まず日本の制度の問題。これは孫先生が御指摘になりましたけれども、本当に西洋医学の枠組みの中でしかできません。ただその中に漢方という考え方が、少しずつ伸びてきているというのが現状でございます。
今、医者の8割が漢方を使っているというのが、実際の診療であります。これがその根拠になるデータなんですけれども、無回答のものを除くと、処方していると答えた医師が8割ということになります。
幾つもCommon diseaseに対して、漢方が役に立つという話ができるんですけれども、今日は時間がないので、とりあえず風邪を例に挙げます。これからのシーズンでもありますし、新型インフルエンザ、鳥インフルエンザとかこれから大流行すると予想されていまして、これに対して漢方が本当に役に立つのかということをお話し申し上げます。  まずインフルエンザに対して、日本は備えがよくて、ワクチンも打ちます、タミフルもたくさん買い占めている。ロッシュから見れば、日本が一番のお客さんなんです。
この研究は、実はタミフルと麻黄湯という漢方薬を重ねることによって、より効果が高いだろうという予測のもとにやった研究です。ところがふたを開けてみたら、これがタミフル単独なんですけれども、タミフル単独よりも、確かに麻黄湯という漢方薬をかぶせた方が、症状改善までの時間が短い。ところが、麻黄湯単独群というのもやったら、実はここが一番症状の改善までの時間が短かったんです。
ということは、使う時期にもよるのかもしれませんけれども、タミフル単独よりも併用群、さらに漢方薬単独の方がよかったという、ちょっとショッキングなデータでした。
実はこれと似たようなデータが、過去にも出ております。これはタミフルが出る前の治療で、1997~1998年なので、かなり前のものになります。これは単純に、いろんな漢方薬をすべて含めて漢方薬だけの群、それから西洋と漢方の併用群、西洋薬の治療群という3つの群に分けて、治療の中身についてはさまざまです。厳密なデータではないということを御承知おきの上でごらんいただければと思います。
実際に、これはどれぐらいの薬の投与期間があったかということで見てみると、西洋薬の治療群では6.7日で薬剤費が1日平均203円です。併用群では5.0日、ちょっと短くなって、215円、併用なので多少は上がります。
ところが漢方薬だけでやった群というのは、4.0日ということで、併用群よりもさらに短かったんです。今の麻黄湯との研究と同じような結果が、実は1997~1998年のデータとして出ておりました。薬剤費も当然安いということになります。
薬剤費は大体40%削減ということで、薬の内容が、これはレジメの方に添えてあると思いますので、見ていただければと思います。主に減った薬としては、赤字のようなものを減らすことができるということで、これを医療経済的に見てみると、このデータだけからの試算になりますが、日本の国全体として年間415億円の経費削減になるだろうというような試算が出ております。
これと近いような医療経済的な漢方のデータというのが幾つかあるんですけれども、長期療養型施設において、漢方薬を冬中投与して使ってみると、いろんな抗生剤の使用量が減るとかいうデータ等々がございます。
今日は、欲張ってしまったので、残りは資料をご覧ください。まずはじめのまとめは、日本版の総合医というのは、漢方を駆使することによって、漢方使用そのものにより医療費の削減効果が可能であるということを申し上げたいと思います。
もう一つは、漢方のところで、ある程度患者さんの用事が済めば、それ以上の例えば内視鏡の専門医とか、脳外科の専門医とか、そういった専門医に回す症例が減少して、専門医が自分の仕事ができるというようなことを考えております。
さきほどお話しました「医療における安心・希望確保のための専門医・家庭医のあり方に関する研究」は、国立がんセンター院長の土屋了介先生が班長を務められていて、あしたが第4回目の班会議になります。ホームページhttp://medtrain.umin.jp/で全部議事録等を公開にしておりますので、もし時間があればごらんいただければと思います。

 

科学的評価方法

 2つ目の話題ですけれども、科学的評価方法、これは孫先生から御指摘があったように、なかなか難しいです。何が難しいかというと、やはり先ほど孫先生の方から、生薬の研究と処方の研究は違うんだという話がございました。 例えば葛根湯というのは7つの生薬が含まれていますけれども、一つ一つの生薬の複合体、プラスでいいのかというと、そうではなくて、7つの生薬がお互いに相互作用があるということになります。
 こういう複合体に対して、どういうアプローチをするかというようなことを、非常に悩んでおります。実はこれはJSTから過去3年間、今年で4年目になりますが、研究助成をしてもらっております。東北大学の仁田先生が班長の研究班です。昨年度は私が班長として1つの班を受け持ちましたのですが、これは動脈硬化とか脳内老化を予防するための抗酸化作用についての研究です。漢方は抗酸化作用が強いと言われるんですけれども、実際に生体内ではどうかというふうな評価システムを構築するというのがテーマでございました。

 今までも電子スピンアッセイ法とか、いろんな方法によって漢方薬、生薬は、抗酸化作用が強いということが言われておりました。ところがこういったものは、体の外でしか見られないので、生体内で実際に本当に働くのかどうかということを示したいと考えました。
これはORAC値というデータなんですが、アメリカのFDAが基準を定めておりまして、1日3000単位ぐらいをとるようにというふうなことなんですけれども、漢方薬で一番高いものを1日分服用すると、優に何倍ものORAC値が得られることになります。これはあくまでも生体外のデータになります。
 JSTの研究は、こうした生体外のデータが信じられるかというような疑問がありまして行いました。今の時代は、後の話にもつながってきますけれども、オミクスの時代というふうに言われています。プロテオミクス、メタボロミクスとかゲノミクスとか、要するに網羅的な解析の手法になります。

 こういう中で、我々が名古屋大学農学部の大澤先生と共同で開発したのは、生体における酸化還元のマーカーというものをチップに載せるということで、トヨタの部品をつくっているアイシンという会社に開発してもらってやったものがこの研究になります。
理論はどうでもいいんですけれども、要するにこんな小さなところに、ものすごくたくさんの抗体チップというものを載せて、一度に沢山のものが見えるというのがこの技術になります。そうすると今までELISAで一つ一つみていたのに比べれば、費用も格段に安いし、効率もいいというようなものができます。それがこの試作品になります。
マーカーとしては、いろいろありますので、報告書に全部書いてありますけれども、とにかく一度に沢山のマーカーが見られるということが特徴です。今でもいろんなマーカーがあるんですけれども、どれが本当に正しいかということが検証されていないので、まずはいろんなものを網羅的に見るのがいいだろうということになります。
これは我々の研究室で開発した低分子チオールというものになります。特許申請をしています。有名な抗酸化物質としてグルタチオンがあります。これは酸化ストレスを消去するというふうに言われているんですけれども、実はこういった低分子チオールというのは、酸化型と還元型があって、常に自分自身が酸化することによって、相手を還元する仕組みになっております。
我々の開発したシステムというのは、酸化型と還元型の両方を見られるのです。例えば還元型に傾いていないかとか、酸化型に傾いていないかということを見るシステムです。 循環器内科と共同でやった研究で、狭心症でカテーテル検査のために入院した患者さんのサンプルをとると、やはり酸化型の方に傾いているということを示したデータになります。こうした科学的手法を開発することも今後の課題になると考えております。

 

創薬の可能性

 3つ目の話題は創薬の可能性です。先ほど言ったロッシュ、これは日本がいいお客様だという話をしたんですけれども、タミフルのもとは八角です。八角という植物は、鳥インフルエンザとかSARSがはやったときに非常に高騰しました。もともとは八角からできたものです。しかし天然物は限られております。2年前に東大の先生が、石油から抽出することに成功しております。
物事というのは、大体まず生薬とか自然のものから取り出して、それを合成するというふうになるんですけれども、タミフルも同じような道筋をたどっています。日本には東大の薬学の先生方が中心でアジアの中心になっていました。長井長義先生であるとか、朝比奈泰彦先生であるとか、柴田承二先生であるとか、歴代の大教授がいて、生薬の研究といえば、日本に留学して学ぶという、アジアの拠点だったんです。
ところがだんだん日本のこの領域が非常に弱くなっていまして、ジャパンバッシングというふうなことをよく言いますけれども、今は完璧にジャパンナッシングで、全く日本はもう見向きもされない。中心は香港とか上海に移っているというのが現状でございます。
海外の学会なんかに行くと、生薬の世界で日本の顔が見えないということを言われます。やはり日本人はここら辺のところは、非常に器用で、できるところなので、ぜひこういうところにも、力を入れていただければなというふうに思っています。
慶應大学で持っている漢方からの創薬のシーズについて、お話をさせていただければと思います。先ほど孫先生が、西洋医学の弱いところを漢方や中医学でやったらどうかとおっしゃられましたが、まさにそのとおりだと思います。
我々は、逃げない漢方治療というものをやっています。大学病院なので、がんの患者さんから膠原病の患者さんまで、難病の患者さんが非常に多いです。難治性の疾患になればなるほど、私は燃えます。これは西洋医学では絶対に治らないので、漢方でどうにかやってやろうというふうに思うわけです。
例えば新興感染症の鳥インフルエンザは、2005年にはやったときに、ツムラが補中益気湯を寄付しました。その時すでに、インターフェロンのαの産生が早まることによって、インフルエンザのウイルスを早く抑えるというふうなデータがあったんです。
我々は偶然別のルートから、同じようなものを見出しました。十全大補湯という漢方薬なんですけれども、今年卒業する大学院生がやってくれた仕事です。実は漢方薬が刺激をしていたのは、大腸のインターフェロンの産生細胞です。大腸というのは免疫組織とは考えられていなかったのです。普通は腸では小腸が免疫組織なんですけれども、大腸に免疫組織、免疫機能を持つ細胞があると。それが実は樹状細胞様の新しい細胞だということを見出して、今キャラクタライゼーションをやっています。
こういったものをがんがん刺激することによって、新興感染症に対してかなり有効なツールになるのではないかということを考えています。
インターフェロンαは、肝炎治療とか、がんの治療とかいろんな局面で使われておりますけれども、内在性のインターフェロンが副作用なしに出せるというところが、漢方の特徴かなというふうに考えております。
2番目の多発性硬化症の治療と3番目の痴呆の進行予防、これは後で詳しくお話しします。4番化学療法、放射線療法における骨髄抑制の予防、5番目がAIDSの発症予防、こういったものの治療や予防につながるのではないかということを考えております。4と5のところは、2005年から6年にかけて米国国立衛生研究所(NIH)のグラントをもらったことがございます。ハーバードと組んでやった研究なんですけれども、ハーバードのダナ・ファーバーという関連病院の腫瘍学の教授のマウチ教授という人がいるんですけれども、この人と共同研究をやっていて、骨髄の幹細胞が増えるんですね。
骨髄の幹細胞が増やすのは、ステム・セル・ファクター(SFC)という因子があるんですけれども、これは白血球、赤血球までは増やすのですが、血小板は増やせないのです。ところがこの十全大補湯という漢方薬は血小板も増やすのです。
マウチ先生が非常に興奮をして、これはすごいとかと言って、知財に関して契約書を結ぼうといって送ってきたのが、200ページの英文の書類でした。
それをすぐ慶應の知財センターに持っていったんですけれども、到底読み解けないと。ハーバードは博士号を持っている知財専門の人が200人くらいいるんです。もう全然勝てない。アメリカの法律事務所に持っていってやったら、幾らかかると聞いたらば、1,000万円かかるということで、この研究は閉じました。そんな怖いことができないので。
アメリカはやはりNIHがグラントを出すということは、国民の税金を出すということなので、要は金もうけをするために、我々を利用したいと。言葉は悪いんですけれども、それが本音だと思います。特にハーバードというところは、常に金もうけにつながるところを考えているので、そういった知財戦略なんかにおいても、日本はまだまだ整備が足りないというふうなことを思っております。
ウイルスの感染のところは、今日は用意していないんですけれども、インターフェロンαそのものを出すわけではなくて、インターフェロンαをいつでも出せるというところが、この十全大補湯の役割になります。どういうことかと言うと、インターフェロンを出すには非常に複雑な経路で4日かかるんです。その間にインフルエンザウイルスは増殖してしまい、体力が衰えてしまう。だけれども、漢方薬を飲んでいると、すぐにインターフェロンが出るようになってウイルスの増殖を抑える。それはなぜかと言うと、インターフェロンを出す直前のインターフェロン関連因子-7という分子なんですが、そこまでの準備段階まで十全大補湯で活性化することができます。
そうするとウイルス感染で、4日かからなくても、あっという間にインターフェロンが出せます。
今日来ていただいている方に、特別な情報としては、漢方薬を飲んでいると、まず余り風邪をひきません。私なんかは葛根湯をしょっちゅう風邪っぽいなと思うと飲んでいます。あとは漢方薬を普段飲んでいるとワクチンを打たなくても、大丈夫じゃないかと、実は考えております。今日来た方だけにお話をしております。葛根湯だけでもいいと思います。危ないと思ったらぜひどうぞ。
これは2004年のASEAN+3の会議です。厚労省の国際課と一緒に専門官として参加しました。このときのASEANの議題は、鳥インフルエンザと伝統医学でした。鳥インフルエンザと同じ重みです。それぐらい、ASEANも伝統医学に力を入れているということになります。
次は多発性硬化症の話です。これは人参養栄湯という漢方薬です。これは論文になっています。漢方薬はこの世で最も安い再生医療用薬剤ではないかと、ちょっとふろしきを広げてみました。
要はオリゴデンドロサイトという、ちょっと難しい名前の細胞なんですけれども、これが髄鞘というさやを神経細胞に巻くのです。人間の脳の中というのは、みんなニューロンの研究が盛んなのですけれども、実は脳内の8割がグリア細胞です。うちに今年から阿相先生という、グリア研究をずっとやっている先生をお迎えして、この分野の研究を進めているんですけれども、このオリゴデンドロサイトが神経細胞に鞘を巻かないと、神経の伝導がうまくいかない。これによって起こる病気が多発性硬化症という病気になります。
この病気は日本では10万人に1人なんですけれども、欧米、特に北欧なんかでは1万人に1人と多い。アメリカなんかではものすごくビジネスで成功しているような多発性硬化症の患者さんが、ファンドをつくってこの分野の研究をしております。
我々は、偶然にこのオリゴデンドロサイトを活性化して、髄鞘を巻き直すという漢方薬を見出しました。
これはオリゴデンドロサイトの前駆細胞といわれているものを培養したものなんですけれども、そうすると人参養栄湯という漢方薬なんですが、これはオリゴデンドロサイトの数をふやすとともに、髄鞘を巻き始めるということがわかりました。
これは高齢のマウスです。31カ月、人間でいうともう100歳ぐらいに相当するかと思います。その前に2カ月間、漢方薬を飲ませたものです。これは飲ませないものです。明らかに髄鞘の構造と組織の構造が違うということがわかります。
ちなみに余計なことなんですけれども、人間と同じように、マウスも高齢の場合には、女性の方が元気です。男のマウスは、へなへなしていますけれども、メスのマウスは元気にしている。
これはカプリゾンというふうな、化学的に髄鞘を破壊して、そのあとの再髄鞘化を見たものなんですけれども、人参養栄湯がある場合には、再髄鞘化がちゃんと起こっています。それが免疫グロブリンのFcレセプターという、あるシグナル伝達のものなんですけれども、そこのところをノックアウトしたマウスでは、それが起こらない。要するに経路までわかっています。その細かい経路は論文になっています。
実は脳というのは、我々が医学部の学生だった時代には、脳と精巣だけは、免疫的サンクチュアリと言われていまして、免疫がないというふうに言われていました。ところが、免疫グロブリンのレセプターが、このオリゴデンドロサイトには発現しています。何でこんなものが脳にあるんだろうと。これは慶應の解剖の相磯教授が見つけたんですけれども、実は同じシグナルパスを使っているということがわかっています。
この場合には、漢方薬を再髄鞘化メカニズムの機序を解明するためのツールとしても使える。私が証明したいのは、この漢方薬でどうのこうのということも大事なんですけれども、世界にものすごいたくさんいらっしゃる多発性硬化症の患者さんを救うためには、再髄鞘化とか脱髄のメカニズムの解明をするということの方が、大事かなというふうに思っています。
先ほど孫先生から、処方と生薬を分けて考えろというご指摘がございました。我々も本当にそこのところは、ずっと悩んできたところでございます。漢方薬は非常に複数の生薬が入っていて、さらに一つ一つの生薬はいろんな成分を含んでいるので、ものすごく複雑なんです。
私の専門は内科なんですけれども、内科から1型糖尿病の研究をして、免疫で学位をとって留学をしたという経緯から、免疫的なサイトカインをずっと研究してきました。しかし漢方薬のような複雑なものを複雑系の生体にかけた場合に、一つ二つのサイトカインを見てもしょうがないだろうと、自己嫌悪に陥った時期がありました。ちょうどそのときに、遺伝子チップというものが出てまいりました。これは1回解析すると、3万個の遺伝子の発現を見られます。我々は大腸、小腸、肝臓、脾臓とか4臓器があると、1匹のマウスで12万個の遺伝子、5匹あると60万個という、非常に、私にとっては天文学的な数字なんですけれども、というものを扱うようになりました。
それでいざ3万個の遺伝子を扱うようになってから、どうやって解析したかといますと、3万個の遺伝子がわっと並ぶんです。それを変化率の高いものから順番に見て、トップ10とかといって解析するのです。  
そうすると3万個を解析したにもかかわらず、10個しか見ないことになる。そこでまた自己嫌悪に陥るんですけれども、そういうときに東大の医科学研究所のヒトゲノム解析センターの宮野先生と出会いまして、宮野先生が、複雑系の解析のツールとして、いろんなものを持っておられました。これはジーンオントロジーという手法を使った初めての論文です。漢方のもので書いていただいたんですけれども、要するに3万個の遺伝子のどれとどれが関連しているかということを含みながら、解析をするという手法になります。
こういったシステムズバイオロジーの解析手法というのは、これからますます盛んになるかなというふうに考えております。
骨髄の幹細胞に関しては、先ほど申し上げたとおりなので、細かいことは、また後で見ていただければと思います。
HIVに関しても、これはまだ論文になっていないんですけれども、CD8の細胞の中のある物質が、どうやらこれの制御にかかわっているらしい。どれぐらい実際の臨床で抑えられるかということは、これからかなというふうに思っております。
 

アジア諸国との協力、WHOとの協力

 最後にアジア諸国との協力、WHOとの協力というような話をいたします。
これからは医療情報の社会に入るというふうに考えております。今は電子カルテが必須化するのが目前なんですけれども、電子カルテ化して、医療情報が全部電子の中で一元化する。なおかつ日本ほど診療情報を持っている国はないのです。もう母子手帳から始まって、学校健診、会社の健診すべての診療情報、介護保険制度も含めて、いろんな情報を持っていますけれども、そういったものを解析することができなかったというようなことがあります。
ただこれは、法律の仕組み次第では、どんどん診療情報が解析できて、気象シミュレーションのように、過去10年分の全国民の診療情報を解析することによって、50年後を予測するとか、そういうことが十分可能なはずなんです。
では伝統医学は、そういった時代に入ったときに、乗り遅れないためにはどうするかということを考えております。伝統医学というのは、東アジアの伝統医学とか、インドのアーユルヴェーダ、いろいろあるんですけれども、従来は地域の医療だったはずです。
ところが既に地域の医療ではなくて、鍼灸などもヨーロッパでも非常に盛んに使われていますし、ドイツなんかでは、整形外科医のすごい数が鍼灸の資格を持っているんです。そういうふうにどんどん世界が、伝統医学を使い始めているということです。
そういった中で、CAMというふうに一般的には言われていますけれども、Complementary and Alternative Medicine、相補代替医療というふうに日本語では訳されることが多いです。
しかしながら相補代替医療というのを本当に玉石混交です。怪しいものから非常にレベルの高いものまでいろいろあります。これに対して米国のFDA(食品医薬品局)とかNIH(国立衛生試験所)というのは、少なくとも伝統医学は、そういった怪しいものとは区別しようということで、「Whole Medical Systems」と命名し、伝統医学を西洋医学と独立した、それに対等のシステムとして認知をしたのが 2006年、2007年あたりの話になります。
先ほど私はNIHの予算をもらったと言ったんですけれども、NIHはこの領域に300億円以上、科学技術振興機構の方にもよく聞いていただきたいんですけれども、300億円以上が、今この領域に出されております。
NIHの中でも、いろんな部署があるんですけれども、補完・代替医療に関して一番大きいのは、国立相補代替医療センター(NCCAM:National Center for Complementary and Alternative Medicine)なんですけれども、ここ以上にNCI、がんセンターが予算を持ってやっています。これがアメリカの現状になります。がんセンターは上海の復旦大学とか、海外の大学にもお金を出していまして、こういったところがアメリカの現状なんですけれども、実は先ほど言ったような知財の関係とか、いろんなトリッキーなところがございます。
こういった世界の動きの中で、我々伝統医学というのは、どうしても西洋医学に比べて力がないので、協力してやろうという動きがこの5年ぐらいの、WHOの特に西太平洋地域事務局を中心とした動きになります。
大事なことは、当然中国はオリジンなので、おれの言うこと聞けと。韓国は韓国で独自の道を歩む。日本は日本でそうじゃないんだという主張をしちゃうと、まとまらないんです。9割が共通でも1割の違いを強調したら喧嘩になってしまいます。我々が目指すのはハーモナイゼーションです。スタンダダイゼーションではなく、ハーモナイゼーションなのです。
これは西太平洋地域事務局でつくった用語集です。日中韓の専門家が5年間をかけて作成したもので、WHOのWPRO西太平洋事務局のホームページにありまして、全部ダウンロードできます。300何ページ、2メガありますけれども、お時間があれば、ぜひ読んでいただければと思います。
私がかかわっているのはインフォメーションスタンダダイゼーションというところです。これは筑波でやった会議なんですけれども、中国のSATCMという中国政府の代表が何人かいますが、これは韓国と日本。ここら辺はアメリカのSNOMEDの人たちです。SNOMEDというのは、米国病理学会がつくった病名用語集です。この人たちを招いて、いろんな医療情報に関する開発を東アジアで共同して行っております。
これが2006年、ソウルでやった会議なんですけれども、これはドクター・ウースタンといいまして、ジュネーブのICDの担当官です。ICDというのは、国際疾病分類、もともとはオーストラリアから発祥した、死因統計に使うものなんですけれども、今では包括診療とかそういった日常診療の病名や保険請求などにも使われております。こういったものを全部整理しているのが、WHO本部になります。厚労省の方もいらっしゃいますけれども、これは日中韓でこのような会議を持ちまして、私は僭越にも真ん中で議長役を務めさせていただきまして、過去3年間、もう10回近くになりますけれども、議長役で取りまとめをやらせていただいております。
ICD自体はこのファミリーの中心分類です。この中に入っているけれども十分に説明しきれないものが派生分類としてさらに詳しい分類となっています。本体とは独立しているものに関連分類というのがあります。例えば生薬なんかは、ATCCというものに入っておりますし、ISO(国際標準化機構)なんかも多少リンクをしております。
現在ICDのバージョン10というものを使っているんですけれども、2014年にバージョン11にアップします。バージョン11になったときに漢方の用語を入れよう、伝統医学の用語を入れようということで活動しています。そうすると世界の標準医療として、西洋医学主体の正統な医療な土壌に、伝統医学の疾病分類が載ることになります。
どういったものを載せようかと。先ほど孫先生から話が出ました、消渇とか、そういった「古典病名」を、一つ載せる。もう一つは漢方で大事な「証」になります。この二つを載せようと計画しております。
実際日本の診療の中では、これは八味地黄丸というものの保険適用を持ってきたんですけれども、証と病名と両方あります。例えば八味地黄丸というのは、「疲労・倦怠感著しく、尿利減少または頻数、口渇し、手足に交互的に冷感と熱感のあるものの次の諸症」と、非常にわかりにくいんですけれども、こういったもののどれかがあればいいということなんです。その後に病名が羅列している。高血圧、糖尿病、腰痛など非常にいろんなものに効くので、これを学生の講義に使うと、漢方って温泉の効能みたいですねと言うんですけれども、これにも効く、あれにも効くといって、要はいろいろ複合的なものなので、いろいろ効くんですけれど、大事なことは証というものが必ずその前にあります。
少なくとも今、日本で考えているのは、病名のところは、西洋医学とのマッピング(対比)が非常に難しい。西洋医学の病名と伝統医学の病名のマッピングのトライアルを何回もしたんですけれども、韓国と中国のチームと一緒にやったんですが、なかなかうまくいかないのです。
例えば先ほどの消渇もイコール糖尿病かというと、イコールではないというふうな意見になってくる。霍乱というのがあってそれをコレラというふうに訳すと、コレラだけではないとか、非常に微妙な問題をはらむので、そこのところは避けて通った方が賢明かと考えております。病名はむしろICDを使って、漢方の証コードというもののダブルコーディングがいいのではないかというふうに考えています。
WHOにはWHO-FIC(WHO国際分類ファミリー)といってICDなんかを決めている会議体があるんですけれども、2006年にチュニジアの行われたWHO-FICの会議で初めてプレゼンをしました。非常に懐疑的な冷たい対応を受けました。ただ、サパーセミナーとかという、夕食を出すセミナーを1回やったんですけれども、そうしたら皆さん御理解いただきまして、人間はお腹が満ちると心も豊かになってくるんだなと思いましたけれども、一応継続審議ということに決めていただきました。
その後も何回も東京で会議をやったりしました。このスライドはオーストラリアのブリスベンでα版はを作った時の写真です。昨年のイタリアのWHO-FIC会議では、関連分類に入れようということで話がまとまりました。
これから2014年に間に合わせて、派生分類に入れるにはどうするかというところが、非常に大事な正念場になってきます。こういったものを使って統計情報とることはもちろん、臨床研究のデザイン、教育、こういったものに使えるのではないかというふうに考えております。
これは先週、私は北京におりまして、WHOとICDの担当官のウースタンです。こちらはザン先生といって、WHOの伝統医学の担当官になります。韓国の政府の方、日本の政府の方、富山大学の教授、私というようなことで、これはWHO西太平洋事務局の伝統医学担当官なんですけれども、こういった人たちと頻繁にミーティングをやっています。この前日には同じメンバーで中国政府と会合を持っております。
まとめです。東アジア伝統医学の診療情報の土台は、できつつあります。これを推進するためには、政府としての研究助成、産業育成、貿易振興の支援が必要である。こんなことを言ってすいません。国の中の中心的な役割を果たすような、センター化が必要なのではないかとも思っております。
最後に出すスライドは、昨年実はこのα版ができたので、β版に向けての検証作業をしようというので、昨年JSTの中で、アジア・アフリカという助成があるんですね。それで日中韓豪のメンバーが、中国は中医科学アカデミー、韓国の慶煕大学、オーストラリアのRMITという大学、慶應ということで、3年間で申請をして見事に落ちたという事実をお伝えして、それ以上は申し上げませんけれども、終わりにしたいと思います。
どうも御清聴ありがとうございました。
 

第12回研究会全体のレポートへ (調査報告>各種調査レポートのページへ飛びます)

 


PROFILE

渡辺 賢治

渡辺 賢治(わたなべ けんじ): 
1984年3月  慶應義塾大学医学部卒業  1984年4月  慶應義塾大学医学部内科学教室
1990年4月  東海大学医学部免疫学教室助手 1991年12月    米国スタンフォード大学遺伝学教室ポストドクトラルフェロー
1993年12月  米国スタンフォードリサーチインスティテュート分子細胞学教室ポストドクトラルフェロー 1995年5月     北里研究所東洋医学総合研究所
2001年5月   慶應義塾大学医学部東洋医学講座准教授 2008年4月 慶應義塾大学医学部漢方医学センター センター長・准教授
現在に至る。

学会活動等
日本内科学会総合内科専門医、米国内科学会上級会員、日本東洋医学会編集担当理事、日本東洋医学会漢方専門医・指導医、和漢医薬学会評議員、WHO temporary advisor
 

 


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