【18-04】“天の価格”は終わらない―家賃から飲食費、スターの出演料まで

2018年10月3日

青樹 明子

青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事

略歴

早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。
日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中
近著に『中国人の頭の中』(新潮新書)

主な著作

「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」 

「ムーツントゥオザイ(木村拓哉さんのこと)のドラマ出演料って、どのくらい?」

と中国の友人に聞かれたことは何度もある。しかし私は木村さんのギャラを知らない。日本でも最高価格なんだろうなと思い、「400万円から500万円かな?一作品で5000万円ほどになる」と言うと、友人は「ありえない!」と怒る。

「木村はアジアの大スターだ。そんなに低いわけがない」

 そう言われても困ってしまうが、そもそも中国スターの出演料が 破格すぎるのだ。あまりに高い、“天の価格”である。

 最近、範冰冰さんの問題で、中国スターの出演料は、日本でも注目を集めている。

 高すぎるスターの出演料は、中国でも問題視されていて、すでに2016年に、中央電視台CCTVが「俳優たちの破格な出演料」という特集を組んでいるほどだ。

 その報道によると、範冰冰さんは、テレビドラマ“武媚娘传奇”(邦題・武則天 -The Empress)で3000万元(約5億円)の出演料を得たという。もちろん、出演料は年々上がる。今回の騒動で暴露された範冰冰さんの某作品の出演契約書によると、出演料1000万元(約1億7000万円)にプラスして、5000万元(約8億3000万円)の報酬が明記されている。合計6000万元(約10億円)になり、しかも撮影はたったの四日だった。

 範冰冰さんだけが特別ではない。

 日本でも放送されたテレビドラマ“甄嬛传”(邦題・宮廷の諍い女)の主演女優、孫儷さんは、当時直近の出演作“芈月传”(邦題・羋月傳)で得たギャラは6000万元(約10億円),今ではもっと値上がりし、テレビドラマ一作品の報酬は1億元(約16億6000万円)とも言われている。

 最近放送されたばかりの 連続ドラマ“如懿传”(邦題・如懿伝)で は、主演の霍建华、周迅の二人には、合計1億5千万元(約24億9000万円)のギャラが支払われたようだ。

 中国のテレビドラマは、一作品54話が平均なので、撮影拘束期間は当然長い。映画はもちろん、テレビより短期間で撮影は終わるが、ギャラはやはり高い。

 世界的なスターであるジャッキー・チェンさんとチョウ・ユンファさんは、映画一本の出演料8000万元(約13億3000万円)ほどなのだそうだ。

 たしかに巨額すぎる。

 アメリカの場合、製作費に占める出演料は約30%、韓国は20から30%だが、中国は主演俳優だけで50%から80%なのだそうだ。 脇役やスタッフに回るお金は、その残りだという。

 中国のテレビドラマを見ていていつも思うが、脚本が少々いい加減だ。暗殺計画を囁いていると当の相手が木陰で聞いている。主要人物だったら、崖から落ちても、大した怪我無く生きている、頭を打ったら記憶喪失…、などというご都合主義はよくあることだ。

 衣装・メイクも乱雑だ。病で寝付く女性もつけまつげに濃いメイク、何十年と時が経っているという設定でも、変わらず同じ服を着ていたりする。

 裏方の報酬が少ないと、作品の質の低下は免れない。

 そんなおり、ジャッキー・チェンさんが、こんな発言をした。彼は高額出演料俳優と同時に、高額な支払いをするプロデューサーでもある。

「たとえ破格のギャラであっても、そのスターを起用することで、興行成績が上がったり、高視聴率がとれるのであれば、その額を支払うだろう。これは市場原理なのだから」

 一理あるが、あまりに高額すぎるギャラに対し、当局は規制に動き出している。

 バブル崩壊後、日本では“天の価格”情報に接することは、ほとんどないが、中国では、煙草やお酒、そして高額な料理などを中心に、いくつか話題に上ってきた。しかし、過度な贅沢は禁じるという習近平国家主席の方針もあり、とてつもなく高い飲食代を取るレストランというのは、最近見られなくなっていたはずだった。

 しかし、完全消滅したわけでもないらしい。

 2018年9月下旬、私は北京にいたが、スタンドで買った新聞に、「“天の価格”勘定書き」という見出しが踊っているのに驚いた。上海の高級レストランにおいて、8人が飲食した際の合計金額が、40万元(約660万円)だったというのである。

 詳しく言うと、酒代、料理代、個室料金、サービス料、合わせて計41万8245元、店側のサービスで端数(庶民には端数ではない!)切り捨てで、40万元となったのだそうだ。

 いったい何を食べれば、こんな“天の価格”になるのだろう。

 最も単価が高かったのが、鰐のスープで一人前が1万6800元(約28万円)である。その他、鮑の清酒漬けが8人分で10.24万元(約170万円)、上海名物、大黄魚という魚の料理は、500グラムで1万5800元(約26万2000円)で、この夜は7.4斤(1斤は500グラム)がテーブルに上がった。

 その他、蟹、乾燥させた海鮮の珍品など合計20品目が供されたほか、酒、煙草、サービス料や運転手さん用の食事、ソフトドリンク(なぜかコーラ)などで、41万8245元となったと言う。関係者によると、この他、持ち込みの酒代が、別会計で48万元(約800万円)だったとも言われる。

 店側の釈明によると、この日はドバイの貴族が主催した宴会で、「客のなかには、中国人の政府関係者もいないし、中国人スターもいなかった」と言う。つまり、官僚の腐敗とも無関係だし、日に日に高まるスターたちの“天の価格”とも関連はないとのことである。

 この情報は、ネットを中心に、大きな広がりを見せる。

 社会全体が、腐敗を戒め、贅沢を禁じる方向にあるなか、外国人主催の食事会であっても、高すぎる飲食費は、大衆の批判を受けるのは当然だろう。

 スターの出演料や、外国人の宴会に、“天の価格”が出現しても、基本的にはゴシップの類で、怒りはしても、庶民にはさほど影響はない。しかし、生活の基盤に“天の価格”が出現すると、納得できなくなる。

 たとえば不動産価格だ。

 “クレイジー!”なほど高い中国の不動産が、世界中で話題になって久しい。その上昇率はまさに異常で、物件を見に行き、一晩考えているうちに、値段はすでに手が届かなくなるほど上がってしまっているという具合である。

 それは賃貸住宅価格も同様である。

 本年(2018)8月末に、中国26の都市における家賃の値上がり幅が公表されたが、その数字がまた半端じゃない。

 前年比で、北京21.89%・上海16.46・深圳29.68・大連21.17・成都30.98…と、多くの中国人を震撼させている。

 具体的には、北京のビジネス街・国貿地区で2LDK の1ヶ月の家賃は、2015年4500元(約7万5000円)だった。それが昨年は6600元(約11万円)となり、今年になって8000元(約13万3000円)ほどまで上がったと言う。

 しかし北京のサラリーマン、平均月収は1万元(約16万6000円)ほどである。1万元からどうすれば8000元の家賃が出せるのだろう。かつては中国の常識だった職住近接などとんでもない、適正家賃を求めて、職場まで片道2時間も珍しくなく、車での通勤者は、毎日6時間は道路上にいるというケースもあるほどだ。

 首都北京の賃貸住宅市場は、とてつもなく大きい。賃貸用の物件数は150万軒、しかし賃貸人口は800万人である。10の企業が、今後2か月のうちに12万の物件を新たに供給するというが、それでも足りない。

 家賃のクレイジー価格は、若者たちに大きな影響を与えている。日本も同様だが、賃貸住宅に住むのは、若者が中心だ。北京では、賃貸住宅の3割が“90后”、90年代生まれの若者たちだというデータもある。

 改革開放のモデル都市、広東省深圳は、住民の80%が地方から出稼ぎに来ている若者たちである。彼らは当然賃貸住宅に住むわけだが、収入のうち、家賃の占める割合が3割以上というのも珍しくない。

 深圳の工場労働者は、テレビの取材に対してこう答えている。

 「我々はお金儲けのために農村から出てきている。月収が3000元で、家賃が1500元だったら意味がない。いったい、どうすればいいのか」

 外国人も同じである。大企業の駐在員ならともかく、中小企業やフリーランスの外国人は、家賃の高騰で帰国を余儀なくされる例も多い。北京から日本人の数が減少しているというが、その理由は、家賃の高騰だという説もある。

 賃貸人口は、2020年には2.20億人、2030年には2.65億人にのぼるという。

 日本では江戸時代以降、米の供給不足による“米騒動”がしばしば起きている。「米寄こせ」ではなく「家寄こせ」という騒動にならなければいいがと切に思う。地方政府の手腕が問われている。

 いずれにしても、何もかもが価格高騰の中国だが、ひとつだけ(さほど)変わらないものがある。市場で売られる果物の値段だ。日本のスーパーでは、8分の1ほどにカットされたスイカが、600円ほどで売られているのに対し、中国の市場では丸ごと一個が300円ほどで買える。

 私にとってのマジックフード、ちょっと食べただけで元気になれる果物であるライチや紅棗(ホンザオ・なつめ)も安い値段で堪能できる。北京で暮らしていた頃は、果物を毎日お腹いっぱいいただいたものだが、日本に帰ってからは、お肉より高価な食べ物と化した。

 いずれにしても、世の中全てにおいて、“天の価格”は必要なく、価格は適正に越したことはない。是不是?


※(人民元の円換算は2018年10月2日のレート1元=16.58円で計算)


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