【11-05】根底連なる漢和、古情流れる金波

呂 錦(浙江民禾弁護士事務所サービス部長)     2011年 5月31日

 酒は人類文明の重要な文化の象徴である。それは世界各地で花を咲かせ、各国特有の酒文化が生まれた。家での暮らし、また、外での付き合いにおいても、酒は人々の生活と社交に欠かせない重要な要素となったのである。東アジアに位置する中国と日本は特に酒文化の発達によって国家間の距離が狭まった。中国の酒造技術が日本に伝わったのは二千年前のことだが、その技術の発展の違い及び両国民衆の好みと考え方の違いから、2種類の異なる酒文化が形成された。この2種類の酒文化は東洋の酒文化圏の中で咲き誇る2つの素晴らしい花だと言える。

 中国は麹による酒醸造の発祥地で、世界でも独創的な醸造技術を持っており、一方の旗頭となった。中国古代の人は世界を認識・改造する過程で、カビが生え、発芽した後の米には特別な効用があり、良い味が生まれることを発見した。この醸造技術の発明には歴史の偶然性の他、人々の発明・創造の必然性もあったのである。では、中国で酒を発明したのは誰か。これには諸説あり、一致した結論は得られていない。例えば、戦国時代の「世本・作篇」には「儀狄は酒醪を做して五味を変える」と書かれている。これは酒造りに関する最古の記載である。また、漢代・許慎の「説文解字」は、「古者、儀狄が酒醪を作り、禹は之を口に嘗めて美め、儀狄を逐ひ疏す。杜康は秫酒を作る」と述べており、今日の日本人が酒造り職人を「杜氏」と呼ぶのはこれに由来している。以上の記述はいずれも口伝えの伝承で、確かなことを指すものではないと我々は考える。これらの故事は酒の発明と飲用のために美しい情景と祈りを添えるものでしかない。

写真1

 河南省舞陽県北舞渡鎮賈湖村での最新の考古学的発見によれば、紀元前7000年余り前に生活していた新石器時代の中国人は発酵による酒の醸造を既に始めており、醸成後の酒は「醴」と呼ばれた。商(殷)代の甲骨字には「醴」の字が既に現れており、その後、「酒醴」、「清醴」とも呼ばれるようになった。例えば、「尚書・説命」には「若し酒醴を作らば、爾は麹蘖為り」と記載され、また、前漢・劉安の「淮南子」は「清醴の美なるは、稆を耒くに始まる」と述べている。こうした醸造の原料は主に米であるが、米にも種類の違いがあり、小麦を使用して製造する現在の蒸溜酒とは異なる。この方面での最古の文献記録は「鞠蘖」であり、カビが生えた食糧を「鞠」、発芽した食糧を「蘖」と呼び、字形から見ると、どちらも米の字がある。米は、粟の実なり。これからわかるように、最古の鞠と蘖はいずれも粟類にカビが生え、又はこれが発芽したものである。「説文解字」は「蘖は、芽米也」と述べている。後に、人々は麦の芽を用いて粟の芽に代替させ、蘖と麹の生産方式が分かれた後、蘖を用いて甘い酒(醴)を生産した。周朝の文献記載によれば、麹蘖は酒母と解釈でき、また、「酒」と解釈することもできる。現在の文献から見ると、商・周から漢朝にかけての千年余りにわたり、蘖酒は社会に広く流行した。醴酒は味が甘く、深みに欠けるため、次第に衰退し、その一方、酒麹の醸造技術が急速な発展を遂げた。明代・宋応星は「天工開物」の中で、「古来、麹で酒を造り、蘖で醴を造り、後者は醴の味の薄さが厭われ、逐に伝を失うに至る」と指摘している。上記の文献から見ると、中国酒の醸造技術はまず甘酒の技術が採用され、その後、蒸留技術が出現したのである。

 中国古代の酒の製造方法について言うなら、醸造と蒸留の2種類の方法があった。醸造酒は米類又はその他穀類をアルコールの中に入れ、空気を遮断し、発酵させて仕上げるものだ。こうした技術の場合、酵母菌は高濃度のアルコールの中で引き続き発酵することができず、出来上がった酒醪又は酒液のアルコール濃度は一般に20%を超えない。一方、蒸溜酒技術は蒸留器が必要となる。南宋・張世南は「游宦紀聞」巻五に一例の蒸留器を記載し、また、宋代の「丹房須知」という本には当時の蒸留器の図形が描かれている。中国の考古学者は1970年代に河北省青竜県で、金・世宗時代のものと見られる銅製の蒸留用素焼き鍋を発見した。これは中国の唐・宋時代に蒸留技術を用いた酒の製造が既に始まっていたことを示している。蒸留技術による酒造の発酵方法は醸造技術と同じであり、その違いは蒸留工程が加わったことにある。こうした技術を用いて製造した酒は「焼酒」、「焼春」と呼ばれ、日本の現在の「焼酎」はここから名前が付いた。やはり蒸留技術を採用したものである。明代・李時珍の「本草綱目」には当時の蒸溜酒の製造方法が記載され、「其の法は濃い酒と糟を用ひ、甑(こしき)に入れて蒸し、気を上ら令め、器を用ひて滴露を承け取る。凡そ酸壊の酒、皆蒸して焼く可し。近時は惟だ糯米或は粳米、或は黍或は秫或は大麦を以て蒸して熟させ、麹を和して甕の中で醸し、七日に、甑を以て蒸し取る。其の清きこと水の如し、味は極めて濃烈にして、酒の露を蓋ふ也」と述べている。明末清初に執筆された「沈氏農書」には大麦で焼酎を造る方法が記載されている。蒸留技術を用いた焼酎の出現は多くの人から高い評価を得た。例えば、白居易(772~846年)はその詩で「茘枝新たに熟して鶏冠の色、焼酒初めて開き琥珀の光」と詠み、唐・陶雍は「自ら成都に到りて焼酒熟し、思はず身を更めて長安に入る」と詠んでいる。李肇が唐「国史補」に列挙した名酒の中には「剣南之焼春」がある。唐代と宋代は中国の酒醸造技術の最も輝かしい発展期に当たり、その上、「北山酒経」のようなレベルの高い理論書も現れた。

写真2

清酒醸造工程の1つ:酒母造り

 酒造技術の不断の革新・進歩により、人々と酒の関係は切っても切れないものとなった。上は王侯・大臣から、下は庶民に到るまで、誰もが杯を挙げて狂喜した。特に芸術家について言うなら、酒に酔うことで芸術上の自由が得られ、さらには束縛から解き放たれ、創造力が次々と発揮された。例えば、「志気曠達にして、宇宙を狭しとする」魏晋の名士で、第一の「酔鬼」と評される劉伶は「酒徳頌」の中で、「大人先生有り、天地を以て一朝と為し、万期を須臾と為す。日月に扃牖有り、八荒を庭衢と為す」、「天を幕とし地を席とし、意の如く所を縦(ほしい)ままにす」、「兀然として酔ひ、豁爾として醒む。静聴するも雷霆の声を聞かず、孰視するも泰山の形を睹ず。寒暑の切肌、利欲の感情を覚えず。万物の擾擾たるを俯観すれば、江漢の浮萍を載するが如し」と言っている。こうした「達人」の境地は中国の典型的な酒仙精神を体現したものである。

 中国の稲作技術と酒造技術が日本に伝わったのは縄文時代末期である。酒造技術には古代の伝統的な甘酒技術と蒸留技術が含まれており、これらの醸造技術は日本に根付き、花を咲かせた。例えば、日本の平安時代に編纂された「延喜式」には清酒、白酒、黒酒、薬酒等を含む24種類もの酒が記載されている。東京大学の坂口謹一郎名誉教授はかつて、中国は酒麹を生み出し、糸状菌を利用して酒を醸成するとともに、これを東アジアに広めたが、その重要性は中国の四大発明に匹敵するものだと述べたことがある。奈良は日本の清酒の発祥地と見られており、この時期、清酒は朝廷から寺院へ、さらに廟堂から庶民へと伝わった。

写真3

清酒醸造工程の1つ:もろみの仕込み

 清酒は中国古代の甘酒発酵技術を取り入れたもので、度数が比較的低く、一般には20度前後である。一方、蒸留して仕上げるのは焼酎であり、度数が比較的高く、ウイスキーと同じ度数に達するものもある。清酒が清酒と呼ばれる所以は濁酒に対して言ったものである。醸造したばかりの酒は濁っており、例えば、甘酒は濾過した後に澄んだものになる。中国古代において、人々は良い酒を醸すのに濾過する必要がなかった。しかし、祭祀用の酒は濾過を経る必要があり、「酒を縮する」と言った。濾過すると、分量が少なくなるので、「縮」と言ったのである。では、何を用いて濾過するのか。それは一種の草で、苞茅と呼ばれ、楚国に産出し、こうした方法は「苞茅で酒を縮する」と言う。「左伝・僖公四年」には斉侯が楚を伐つ状況が記されている。それによれば、楚子(楚の成王)が「君は北海に処り、寡人は南海に処り、唯だ是れ風する馬牛も相及ばざる也、君之吾地に渉るを虞へざる也。何故か」と言ったのに対し、管仲は「爾の貢する苞茅入らざれば、王祭供はらず、以て酒を縮す無し、寡人を是(これ)征つ」と答えたという。「包」は「苞」に通じ、群生したものを苞と呼ぶ。茅は、菁茅であり、楚国の特産植物であった。現在、ミャオ族及び湖北省一帯にこうした風習がまだ残っている。日本の清酒醸造方法は中国の古い時代の方法であり、日本を観光に訪れた人々は良き友と楽しく集う時に清酒を添えることが多い。これは何と心地よいものであろうか。なぜなら、中国の二千年前の酒を味わうことができるからである。

 日本の清酒は秋に収穫した米を用い、冬に発酵させた後で醸成する。日本の清酒醸造は玄米の精白度が重視され、精米歩合で精白度を判断する。精白度が高くなるほど、精米歩合は低くなる。精白した後の米は吸水が速く、蒸して熟させ、糊化するのが容易であり、これは酒の品質向上に有利である。酒は米、水及び酒麹の芸術の結晶であり、このため、名酒の産地は十分な水源を持ち、且つ米所であることが欠かせない。豊かな水源と良質の米は爽やかで混じりけのない美酒を造るための先決条件となる。日本の密生した森林は豊かで質の高い水源を育み、名酒を造るための良好な環境を提供している。日本の名酒の主な産地は東北、北陸地方と九州の福岡・熊本一帯である。

写真4 

清酒醸造工程の1つ:上槽(しぼり)

 日本は清酒の銘柄が非常に多く、社会各階層の需要を満たしている。例えば上善如水、赤磐雄町、久保田万寿、千寿等は成功者が真っ先に選ぶものであり、玉乃光、酔心吟醸、朝香大吟醸、万寿純米吟醸、菊源氏等は中流ホワイトカラーの好評を博し、また、菊正宗、美少年、朝香等は大衆化路線を歩んでいる。清酒はランクで分けた場合、佳撰、上撰、特撰、吟醸、大吟醸の順になる。製造方法の違いでは純米醸造酒、普通醸造酒、増醸造酒、本醸造酒、吟醸造酒等に分けることができる。味で分けると、甘口酒、辛口酒、濃醇酒、淡麗酒、高酸味酒、原酒等がある。貯蔵期間では新酒、古酒、大古酒、秘蔵酒等に分かれる。また、酒税法に定める級別に従うなら、特級清酒、一級清酒、二級清酒に分けることができる。

 中国の酒文化と同じように、日本でも特有の酒文化が形成された。日本は酒の名称を非常に重視しているように見える。例えば、「朝香」は酒の爽やかな香りがあたかも早朝の空気が顔に触れた時のように、心を楽しくさせるという意味である。「松竹梅」は庭園に植えられた松竹梅のように、自然で気高い感じを人々に与えるという意味が込められている。また、「菊正宗」の名は菊が生い茂る花々の中で自然の素朴さを備え、至る所に見られることから来ている。日本料理は生鮮魚介類を中心としており、ウイスキーを飲むと、アルコール度数が強すぎるため、料理の美味しさが損なわれてしまい、また、ビールでは何か物足りない感じがする。日本料理の味を引き立てるのはやはり爽やかで口当たりのよい清酒が一番だ。このため、清酒は礼儀作法を重んじる正式な宴会によく似合う。

 1970年代以降、日本の清酒の醸造と販売には大量生産、大量消費、大量流通の活気ある状況が出現した。日本酒の民族ブランドを高めるとともに、酒購入時の参考となる拠り所を消費者に与えるため、日本名門酒会が1975年2月に設立された。名門酒を申請した銘柄に対する品評を四半期毎に実施しているが、これは清酒の民族ブランドを育成するのに有利であり、また、メーカーが大衆の好みの変化に合わせて、醸造技術を絶えず改善・更新するよう促すこともできる。

 焼酎は清酒と異なり、蒸留技術を採用して造った酒であり、その技術と名前には中国唐代の遺風が感じられる。焼酎によく用いられる原料はサツマイモ、小麦、蕎麦等だが、ゴマ、ニンジン、コーヒー、サトウキビ等を使って仕上げた別の風味の焼酎もある。アルコールの含有量は清酒より高く、25度から45度まで様々だ。それは清酒と共に日本文化の重要な象徴であり、日本を訪れた各国の観光客が清酒と焼酎のコク・旨みを味わっている。焼酎は楽しくリラックスした場面に比較的適している。鹿児島で「酒」と言えば、焼酎を指す。地元の人は焼酎をこよなく愛し、杯を挙げる時はこれが定番となっている。指摘する必要があるのは、沖縄の人が「泡盛」と呼ばれる酒を好んで飲むことだ。この酒も清酒と同じように米を原料としているが、他の酒と異なるのは黒発酵を使用している点だ。これは琉球人がずっと以前から東南アジアと頻繁に交流し、外国から多くの影響を受けたことを示している。「泡盛」も焼酎と同じように蒸溜酒に属するが、60度を超える強烈な酒もある。

 中日両国間における酒造技術の伝播は両国の文化交流が長い歴史を持つことを改めて示すものである。現在、飲酒は両国国民が喜怒哀楽を表す手段となっており、酒を飲んで場を盛り上げ、又は酒の力を借りて心の憂さを払っている。中日両国の酒の種類は異なるが、唐・宋の遺風は依然として日本の酒造技術の中に色濃く残っており、これも中日の酒文化交流における美談と言える。人々が酒で場を盛り上げる時、この歴史の美談を思い起すなら、また別の感情が胸に込み上げてくるのではなかろうか。

呂錦

呂錦(LV Jin):浙江民禾弁護士事務所サービス部長

中国浙江省紹興市新昌県に生まれる。
1998.9~2002.6 浙江大学法学院 学士
2002.7~2006.7 杭州上島珈琲餐飲食品有限公司 董事長補佐
(2008.9~2010.9) 浙江大学法学院 修士
2006.11~現在 浙江民禾弁護士事務所 部長


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