【16-02】横山大観と「屈原」

2016年 2月 4日

朱新林

朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

中國山東省聊城市生まれ。
2003.09—2006.06 山東大学文史哲研究院 修士
2007.09—2010.09 浙江大学古籍研究所 博士
2009.09—2010.09 早稻田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11—2013.03 浙江大学哲学学部 補助研究員
2011.11—2013.03 浙江大学ポストドクター聯誼会 副理事長
2013.03—現在 山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

 横山大観(1868-1958)は、水戸藩藩士・酒井舎彦の長男として現在の茨城県水戸市に生まれた。本名は初め秀蔵で、後に秀磨と改められた。近代日本の著名な画家、美術家である。「朦朧体」と称される絵画技法の創始者であり、「日本近代絵画の父」と呼ばれている。

 大観は中学卒業後、東京の英語学校に赴いて絵画を学び、著名な西洋画家の渡辺文三郎を師としてデッサンを学んだ。1888年、母方の親戚の横山家の養子となり、横山に改姓した。この間、狩野芳崖を師と仰いだ。1889年、東京美術学校で学習し、岡倉天心や橋本雅邦を師とし、菱田春草や下村観山、西郷孤月の同窓となった。東京美術学校卒業後、京都に赴いてフランス画を学び、京都市立美術工芸学校予備科教員となった。この頃から雅号「大観」を使い始め、雅号で知られるようになった。1896年、東京美術学校の助教授に就任した。1898年、東京美術学校で岡倉天心への排斥運動が起こり、天心を尊敬する大観は助教授の職を辞し、同年日本美術院創設に参加した。1903-1904年、大観はインドと欧州数カ国に赴き、フランスではサロン会員として受け入れられた。ローマ駐在の美術使節を務めたこともある。

 日本美術の発展に対する大観の貢献を表彰するため、没後、正三位勲一等旭日大綬章が送られた。東京上野の池之端の故居は現在、横山大観記念館として公開されている。

 1900年から、大観は菱田春草とともに、輪郭線を廃した無線描法の試みを始めた。西洋画の技法である色彩を用いて、日本画の伝統である墨の線に替え、暈染(うんぜん)と没骨法によって際立った効果を上げた。大観の作品は、東方絵画の優れた伝統を発揚するもので、中国と日本の古典哲学の理想を画中に融合することで、作品に独特な構成と新鮮な画風を作り出した。西洋画の絵画技巧を融合した大観の絵画技巧は、日本画壇のそれまでの保守的な画風に衝撃を与えた。大観の作品は迫力に満ち、明暗に趣があり、品格がありながら古くさくなく、人の心を揺さぶるロマン主義的な情感に満ちている。大観の最大の貢献は、色彩表現の面から伝統的な日本画の保守性と閉鎖性を打ち破り、「日本画」と「洋画」との境界を超え、より開放的な絵画の概念を打ち出したことにある。光線と空気感とを表現するため、大観は、様々な材料と色調の変化とを追い求め、日本画界の天才と言われた。中国の著名な書画の大家、傅抱石はそのスタイルの影響を大きく受けている。

 大観は一生の間に多くの優れた作品を創作した。一部の水彩画を含め、ほとんどは、院展を中心とした在野の美術団体展で発表された。主要作品には、「五柳先生」「楚水の巻」「野花」「不二霊峰」「素尊」「長城」「瀟湘八景」「屈原」「木蘭」「老君出関」「茶々淵」「迷子」などがある。このうち「瀟湘八景」は重要文化財に指定されている。

 「屈原」は大観の代表作のひとつであり、1898年に描かれた水彩の絹本着色で、132.7cm×289.7cmの巻軸である。現在、広島の厳島神社に収蔵されている。

 日中戦争中、屈原は、中国の愛国主義の象徴となった。傅抱石が1940年代に描いた「屈原像」は、横山大観の1898年の「屈原」が参考とされている。大観の屈原と同様、傅抱石の屈原も左下に顔を低く向け、右手はまっすぐに垂れ下がり、左手には忠誠を象徴する香草が握られている。髪は、大観の絵のように頭巾に覆われてはいないが、まげを結い、悲壮な面持ちながら依然として学者の風格を漂わせている。また傅抱石が1942年に描いた「屈原」(南京博物院所蔵)の髪は解かれており、右下に向けられた顔は、屈原を飲み込むこととなる汨羅江を流れる水へと向けられ、国家の政治的腐敗や国力の衰退を嘆く悲しみと憤りに満ちている。傅抱石は、屈原の周囲に漂っているアシや野草を力強く描き、動きに満ちた表現によって、屈原の激しい感情を表し、国家が戦乱にあることへの作者の憤りと国家や国民への思いを表現した。1942年7月、傅抱石はこの「屈原像」といくつかの新作を手に郭沫若に詩を書いてくれるよう頼んだ。傅抱石の絵は、郭沫若の情熱を引き出し、以下の三十八句の五言長詩が書かれることとなった。

「屈子是吾師,惜哉憔悴死。三戸可亡秦,奈何不奮起?吁嗟懐与襄,父子皆萎靡。有国半華夏,蓽路所経紀。既隳前代功,終遺后人恥。昔年在寿春,熊悍幽宮圮。銅器八百余,無計璧与珥。江淮富麗地,諛墓亦何侈!無怪皆庸人,難敵暴秦詭。生民復何辜,塗炭二千祀?斯文遭斫喪,焚坑相表裡。向使王者明,屈子不讒毀。致民尭舜民,仁義為範軌。中国安有秦?遑論魏晋氏。嗚呼一人亡,暴政留汚史。既見鹿為馬,常驚朱変紫。百代悲此人,所悲亦自己。華夏今再生,屈子芳無比。幸已有其一,不望有二矣」


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