【17-13】「志 青山に在り」から「人間 到る処 青山有り」へ―李白、蘇軾、釈月性

2017年 5月22日

石碩

石碩(SHI Shuo):早稲田大学文学部非常勤講師

中国黒竜江省チチハル市出身。

2009.4-2011.3 早稲田大学大学院文学研究科修士
2011.4-2017.3 早稲田大学大学院文学研究科博士
2014.4-2017.3 早稲田大学文学学術院助手
2017.4- 早稲田大学文学部非常勤講師

 盛唐の大詩人・李白(701~762)の墳墓は、宣州当塗県(現在の安徽省当塗県)青山の麓に建てられ、現在は「李白墓園」として、李白の塑像や太白碑林、十詠亭などの景観を擁する景勝地となっている。

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李白墓園内(著者撮影)

 李白永眠の地がこの場所に定まった経緯について、ある興味深い逸話が残されている。李白が没した直後、その遺体は、宣州当塗県の「龍山」に埋葬されていた。それから五十五年経ち、周辺一帯を統治する宣歙池等州観察使に就任した范伝正(生没年不詳)は、李白の子孫を探し求め、ついにその孫娘二人を見つけた。二人はそれぞれ陳氏の妻、劉氏の妻として農民の戸籍に名を連ねており、粗末な身なりながら、何処か高雅な物腰であった。話を聞くと、李白の長子にして二人の父である伯禽(?~792?)はすでに没しており、頼るべき人もいないのだという。続けて話は二人の祖父である李白に及ぶ。「先祖 志 青山に在り、宅兆を遺言するも、頃(このころ)属(たま)たま多故なれば、龍山の東麓に殯らる。地 近くして本意に非ず」。すなわち、李白は生前、「青山」に終焉の志を抱いていたが、樣々な原因から叶わず、また孫娘の力では改葬もままならなかったのだ、という。「地 近し」とは、先に李白が葬られた当塗「龍山」が、当塗「青山」の西三キロメートルの距離に位置していたことを踏まえる。

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張才良等『李白安徽詩文校箋』(安徽文芸出版社、1992年)

 古代中国では、地方に着任した長官が、現地の著名人の功績を称えて、記念の楼閣を築いたり文集を編纂したりすることは積極的に行われており、政務の一環でもあった。加えて、范伝正の父・范惀は、生前の李白と交遊があったため、范伝正は赴任地に眠る大詩人・李白の子孫を積極に探し求めたのであろう。孫娘二人の話を聞いた范伝正は、すぐさま当塗の県令であった諸葛縦(生卒年不詳)を伴い、李白墓を当塗「龍山」から当塗「青山」へ改葬した。一連の経緯は、范伝正の残した碑文「唐左拾遺翰林学士李公新墓碑並序」に詳しく記載されている[1]。現在の李白墓は、李白の遺言「志 青山に在り」を反映した場所に置かれていることになる。

 さて、李白の遺言に見えるこの「青山」という言葉には(安徽省当塗県に存在する一つの山という意味のほかに)、唐代当時、一般名詞として、あるイメージが付随していた。それは、第一義の「青々とした山」という意味から転じて、「隠棲の地」を表す用法である。たとえば盛唐の王維「別輞川別業」詩(『全唐詩』巻一二八)の、

依遅動車馬  依遅として車馬を動かし
惆悵出松蘿  惆悵として松蘿を出づ
忍別青山去  忍びて青山に別れ去るも
其如緑水何  其れ緑水を如何(いかん)せん

 そして同じく盛唐の孟浩然「送友人之京」(『全唐詩』巻一六〇)の、

君登青雲去  君は青雲を登りて去り
予望青山帰  予は青山を望みて帰す
雲山従此別  雲山 此より別れ
涙溼薜蘿衣  涙 薜蘿の衣を溼(うるお)す

 また中唐の劉長卿「贈秦系徵君」詩(『全唐詩』巻一四七)の、

群公誰讓位  群公 誰か位を讓らん
五柳独知貧  五柳 独り貧しきを知る
惆悵青山路  惆悵たり青山の路
煙霞老此人  煙霞 此の人を老ゆ

 などのように、「青山」は多くの場合、俗世を離れた深山幽谷の意味で用いられていた。李白の遺言「志 青山に在り」の一節にも、この世のしがらみを逃れて山深く心静かにありたい、という願いが込められていたのだろう。当塗「青山」はまさに、李白が隠遁世界を想像する上で媒介となる存在だったのである。


 時代は移り、中国北宋の大詩人・蘇軾(1037~1101)は、「予 事を以て御史台の獄に繋がる、獄吏稍(や)や侵さる、自ら度る、堪(た)うる能わず、獄中に死し、子由に一別するを得ざらんと、故に二詩を作りて、獄卒梁成に授け、以て子由に遺(おく)る(予以事繋御史台獄、獄吏稍見侵、自度不能堪、死獄中、不得一別子由、故作二詩、授獄卒梁成、以遺子由)」と題した詩を残している。元豊2年(1079年)、蘇軾は政乱に巻き込まれて逮捕され、獄中にあった。面会に来る息子の蘇邁との取り決めで、普段は野菜と肉を、悪いことが起きたら魚を差し入れることになっていた。ところがある日、蘇邁は所要で面会に来られず、代理で赴いた友人が、何も知らずに魚を差し入れてしまう。蘇軾は己の死を覚悟し、弟の蘇轍に詩二首を書き残した。そのうちの一首が次の内容である。

聖主如天万物春  聖主 天の如くして 万物 春なり
小臣愚暗自亡身  小臣 愚暗にして 自ら身を亡(うしな)う
百年未満先償債  百年 未だ満たざるに 先ず債を償(つぐな)い
十口無帰更累人  十口 帰する無くして 更に人を累せん
是処青山可埋骨  是(いた)る処の青山 骨を埋(うず)む可し
他年夜雨独傷神  他年 夜雨 独り神を傷ましめん
与君世世為兄弟  君と世世 兄弟と為り
又結来生未了因  又 結ばん 来生 未了の因

 皇帝陛下は天のように心広く、万物は春のきざしに包まれている。私は暗愚たるゆえに、わが身を滅ぼすことになった。寿命を全うせずに死ぬことになり、残された家族は頼るものもなく、お前に苦労をかけてしまうだろう。私はもはやどこに骨を埋めても構わないが、いつの日か君は夜の雨音を聞いて、ひとり心を悲しませることになるのだろう。お前とはいつまでも兄弟でありたい。そうしてこの世で果たせなかった契りを来世で結ぼうではないか――。

 その後、蘇軾は事なきを得たが、いったんは死を覚悟し、悲嘆にくれるその詩中で、「青山」は「骨を埋む」場所としてはっきり示されている。「青山」という語が元来もつ「隠棲の地」というイメージに加え、「かの李白が終焉の志を抱いた地」という認識から、「青山」の語には、墳墓の地を代表する意味合いが確かに定着するようになっていたのである。


 さらに時代は流れ、海をもわたり、「青山」は日本幕末期の勤皇僧・月性(1817~1859)の「将東遊題壁」詩の一節にも現れることになる[2]

男児立志出郷関  男児 志を立てて郷関を出づれば
学若無成死不還  学 若し成る無くんば死すとも還らず
埋骨豈惟墳墓地  骨を埋むるに 豈に惟だ墳墓の地のみならんや
人間到処有青山  人間 到る処 青山有り

 男児たるもの、志を抱いて故郷を離れたからには、大成するまで死んでもどらない気概を持たねばならぬ。故郷だけが墳墓の地ではない、世の中のどこで死んでも、骨を埋める場所ぐらいはあるのだ――。

 釈月性は、吉田松陰(1930~1859)・久坂玄瑞(1840~1864)らとも交流があり、幕末期に攘夷・国防を唱えた人物[3]。この詩は戦前の中等学校漢文教科書にも度々掲載され、未来へ夢を抱く志高き若者を鼓舞する一節として、今日に至るまで人口に膾炙する。

 蘇軾の「是る処の青山 骨を埋む可し」が、どことなく、死を覚悟した詩人の悲観的な雰囲気を漂わせるのに対し、釈月性は、蘇軾詩を踏まえながらもその表現を見事逆手にとり、立身出世を促す標語として昇華させている。

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月性展示館(山口県柳井市ホームページより)

http://www.city-yanai.jp/site/kanko-shisetsu/gesshotenjikan.html

 李白、蘇軾、月性――。異なる時代の異なる場所で、様々な詩人が「死」について考え、書き記してきた。骨を埋める「青山」の地に、人々はどのような死後の世界を想像したのだろうか。


[1] 清・王琦注『李太白全集』卷三十一「付録(一)」(中華書局、1977年)

[2] 『清狂遺稿』巻上。

[3] 海原徹『月性――人間到る処青山有り』(ミネルヴァ書房、2005年)


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