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【17-010】民法総則の歴史的意義

2017年 6月14日

略歴

御手洗 大輔

御手洗 大輔:早稲田大学比較法研究所 招聘研究員

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2013年より現職

「民法総則」とは何でしょうか

 民法総則とは、今年(2017年)3月の全国人民代表大会において採択、公布した『中華人民共和国民法総則』(以下、民法総則)のことです。民法総則は今年10月1日より施行されることになっています。今後の現代中国における民事活動がこの民法総則の下で調整されるのですから、当然に私たちも民法総則について見聞するようになることでしょう。

 この民法総則に関する書籍については採択される前後から流通していました。中国側の動向については関係する論文等をCNKIによって収集できましたので、読み込めていたのですが、日本側の動向についてはCiNiiの不具合等が重なってやや苦労しています。現時点でもリサーチ体勢を従前のレベルまで回復できていないのですが、そろそろ整理しておかないと他の重要な法動向についてお知らせできなくなるため、今回から何度かを民法総則に関するコラムとして執筆したいと思います。

 民法総則についてのイントロとしては上記のところで十分だろうと思いますが、私個人として言えば、民法総則は「中国的権利論」を崩されるか否かのバロメーターでもありました。というのも、学問としての現代中国法を目指して、現代中国法の変遷から法学そのものの再構築を構想する私の「中国的権利論」は、いわば従前の現代中国法の権利論を象ったものだからです。仮に私たちの前提とする権利論と異なる「中国的権利論」という現代中国法の前提が、民法総則の登場によって覆るのであれば、「中国的権利論」そのものが転換したことを証明する必要に迫られることになります(結論から申し上げておきますと、杞憂に終わりました)。一部の箇所で司法解釈等によって崩される可能性があるにはあります。自分の仕事を増やしたくないという気持ちが半分ぐらい残っていますから、今後数回のコラムの中で追々指摘して参りたいと思います。

 先取りしたい方は、民法総則の旧法である『中華人民共和国民法通則』(以下、民法通則)と対照して頂くことが有用でしょう。例えば、民法通則第8章は渉外民事関係に係わる法的適用について規定していましたが、民法総則は当該章を削除しました。これは民法総則が民法通則と比べて国内法としての性質をいっそう高めたことを意味していると言えます。ちなみに、民法通則から民法総則へと変遷する過程の議論や草案内容の変遷も有用です(この点については『民法総則立法背景与観点全集』編写組編『民法総則立法背景与観点全集』法律出版社2017年3月によりトレースできます)。要するに、現代中国内の民事活動について「公民(国民)」であろうがなかろうが、関係する全ての人すなわち現代中国において活動する全員に対して適用することを言明したのが「民法総則」なのです。

根深いイメージの払しょくを

 民法総則が公表された後の、日本における論評等を現時点で概括しておくと、物権法ブームの時期(2006~2007年頃)がデジャブしている印象を強く受けます。(草案段階の議論は本コラムの趣旨に照らして省略しますが)相変わらず「作られた現代中国」のイメージに基づいており、面白くありません。例えば、民法総則を公布した直後の「人助け奨励」規定(第184条)についての報道はこの典型と言えるでしょう。

 この規定が想定している場面は、瀕死の人が道端に居ても誰も見向きもしないといった社会問題のそれです。なぜ誰も見向きさえしないのかと言えば、病院へ搬送して救命された後に、その患者から人助けをした人が訴えられてしまうからでした。これらの類の話を現代中国(野蛮な、あるいは発展途上の社会)だからであるとして紹介することは面白いかもしれません。ちなみに、「中国的権利論」に照らせば野蛮でも発展途上の社会でもないことは明らかです(以前の記事 を参照ください)。別の権利論に基づく私たち日本社会から見れば確かに驚くべき規定ではありますが、殊更に取り上げることについて私たちの無知を晒しているような恥ずかしい思いの方が強いので、私は面白くありません。

 さすがに現代中国法研究を看板とする「研究者」で上記のような叙述はしないはずです(と思いたいだけかもしれません)。とはいえ、「作られた現代中国」のイメージは根深く、日本民法を含む先進国の民法理論(例:自然人)が導入されているとか、2020年の民法典制定に向けた本当のスタートが切られたという論旨が多いのも事実です。これらもまた、物権法ブームの時に論じられた枠組みと瓜二つです。当時、物権法によって現代中国の市場経済化が加速するとか、次は民法典の制定であるという、本当にどうでもいいまとめが至る所で流布していました。

 物権法ブームに乗じた典型的な論争の1つは、農村土地請負経営権が物権なのか債権なのかという論争です。日本の民法理論に照らせば確かに面白いのですが、「中国的権利論」そしてその前提にある「法律関係理論」に照らせば理論的問題は存在しません。議論のための議論のような、本当に無駄な内容が多かったです(唯一の救いは比較法的には意味があったということぐらいです)。要するに、中国物権法の本質に迫る論争には結びつくはずもなかったのですが、判を押したように同じような内容の論稿が大量に生産された過去を私たちは作ってしまいました(当時の論稿を整理すると分かりますが、同じ人物が同じ内容を複数の媒体に執筆するという状況だったことを確認できます。やっちまった人からすれば他に書ける奴がいなかったし、お鉢が自分に集まってきたのだそうです)。

 このまま行けば、民法総則ブームも「作られた現代中国」のイメージから理論的に問題であるとか、曖昧な部分が問題であるという指摘で研究したことにされてしまうかもしれません。また、上記のように問題があると煽って実態調査の必要性を訴える定型の帰結ばかりの論稿が出回り、その結果、これから数年は民法総則ブームと呼べるぐらいにこのテーマに関する科研費等の研究助成が認可され、そして民法総則の実施可能性に関する(実態調査を含む)研究や学説動向が日本では上梓されるのではないでしょうか。

 歴史は繰り返したくないものですが、十中八九間違いないでしょう。現地調査やインタビューを踏まえた報告が貴重で得難いものであることは間違いありません。しかしながら、それに客観性・普遍性を故意に持たせた直後、その成果は「研究」に堕してしまいます。人間が行なうことですから常に主観的要素を伴いますので(脱主観の姿勢で臨み続けたいものです)、どうしても科学するという視点が不可欠になります。今回の冒頭でも述べましたが、民法総則ブーム(直近で言えば、社会保障ブーム、陳情ブームのそれですね)を私たちが目にすることはほぼ確実です。とはいえ、その際に科学することができるようにチョットしたキッカケをこのコラムで提供しておけば、ブームの質を変えることができるかもしれませんし、脱主観の視点を皆さんと共有できるやもしれません。そこで、本コラムを通じて私なりの努力をしてみたいと思います。

 要するに、根深いイメージを払しょくするために、数回にわたって民法総則に関する日本の主流的論評の枠組みに対抗し得る伏流的言説を示していくこと。いわば、「作られた現代中国」のイメージでないものを示し、民法総則に関する文献等と接する際に、本コラムで指摘する視点から再び読み直して頂けるように、その土壌を提供してみたいと思います。

草案第三次稿の意義と李建国が語ったこと

 現代中国法における様々な立法経緯を整理してみると、だいたい法律草案の第三次稿が上程されると、立法機関における審議を経て公布、施行の段取りとなっています。そして、この第三次稿の草案審議にあたって報告者の述べる内容が、立法趣旨の原型となります。民法総則の第三次稿については全国人民代表大会常務委員会副委員長の李建国が報告を行なっています。李が述べた報告は大要、次のとおりです。

 民法典の編纂は、人民のための執政党を体現することを根本の趣旨としており、人民大衆の合法的権利利益を尊重・保障することを基本原則としていること。民法は民事領域における基礎的・総合的な法律であり、民事領域におけるガバナンスを構築することにより国家のガバナンスを高めることになること。これらの方針に照らし、(1)党の指導の堅持、(2)人民の主体的地位の堅持、(3)規範意識の強化・道徳意識の強化・契約精神の啓蒙・公序良俗の啓蒙および(4)社会における利益・関係・行為の規律化を組み込んだものであるとします。そして、民法典における民法総則の位置づけについて、それは民事活動において順守しなければならない基本原則と一般規則を定め、かつ民法典の各編を統率するものであることを確認します。

 その後、草案の規定内容についての概説を述べた後、最後に「民法総則と民法通則の関係」について説明しています。旧法と新法との関係を見るとき、この点が最も大切ですね。李は、1986年に制定した民法通則は現代中国の民事法において一里塚的な意味があり、民法の基本制度と一般規則を定め、小民法典としての役目を果たしてきたと言います。そして、民法総則では民法通則が規定した基本制度や一般規則を吸収しつつ、補充・発展を加えたこと。また、民法通則が規定した契約、所有権等の財産権、民事責任等の内容については民法典の各編に配する予定であることを確認しつつ、民法総則の施行後は民法通則を廃止する旨を説明しました。

 要するに、李は「中国的権利論」の前提を維持しつつ、民事領域における基礎的な法律として民法総則を位置づけ、かつ、社会を構成する主体間の規範化を図るものとして、同法を全国人民代表大会へ上程したのです。

通則から総則へ

 通則から総則へ。本コラムではこの点からご紹介していきたいと思います。前述した李による立法趣旨に照らせば、通則の方が総則よりも広い範囲を指す意味で用いられていると言えます。すなわち、民法通則は現代中国における民事法全般に通用する規律を定めていたものであり、それに対して民法総則はその民法典に通用する規律を定めているというわけです。大した違いでないと思われるかもしれませんが、公と私を厳密に二分する契機を作るという意味で、極めて重要な表現の改正であろうと私は考えます(もちろん、将来的に本来の意味での公法私法二元論を体現する法体系に移行するかは別の問題です)。また、2020年に制定する予定の民法典が、より論理整合性を高めたものになるための規律の確立という意味でも重要な判断だったと言えます。

 民法総則としたために、まず第1章の章名を「基本規定」に改めました。ちなみに、民法通則は「基本原則」としていたのですが、原則とすると民事領域を超えて私法全般に通用する意図を与えかねません。その一方で、基本原則の名をそのままを踏襲すると民法総則と改名した意味も立法趣旨が示した論理も薄れますから、当然に改名したと言えます(次回以降のコラムで確認しますが、民法通則ほどに私法全般を民法総則は規定していません)。したがって、民法総則の第1章が規定する内容は、基本原則と言えるほどのものではないことになります。

 そもそも日本語においては「通則」も「総則」もだいたい同じ意味で一般には用いられています。厳密に言えば、前者は世間一般に通用するきまりのことで、後者はある特定の空間・領域の全体に通用する一般的規定のことというように説明されることがあります。そして、一部の解釈に照らせば通則は総則よりも狭い範囲になるとも説明されるのですが、語感に照らせば(おそらく)逆であろうと私は感じます。総則の方が通則よりも狭い範囲になります。したがって、民法総則は、旧法がカバーしていた領域を引き継ぐことをせず、民事領域のみ引き継いでいると李が説明したことは日本語の語感と重なるわけです。

 その一方で、民法総則が規定する基本規定について科学してみると、民法通則が規定する基本原則を超える基本規定へと踏み込んでいるとも言えます。例えば、第1条は「民事主体」の合法的権利利益を保護するために制定したと立法目的を言明しますし、平等な主体である「自然人」「法人」および「非法人組織」の間の人身関係と財産関係を調整するとします。これはかなり大胆な規定です。旧法である民法通則は、自然人ではなく「公民」を、被法人組織ではなく「個人事業者、農村請負経営者」等というように個別具体的に権利主体を言明していたからです。

 また、権利主体といえば、第4条は「民事主体」の民事活動における法的地位が平等であることを言明しますけれども、民法通則は「当事者」としていました。意味するところに大差はないのですが、より形式的に権利主体を捉えようとしている表れのように見受けられます。基本原則を超える基本規定であると言える所以です。

 主体については前述したとおりですが、いわゆる民事行為の評価基準についても大胆な改正が加えられています。民法通則は民事活動において自律原則、公平原則、等価有償原則および誠実信用原則を順守しなければならないとしていました。民法総則は自律原則(第5条)、公平原則(第6条)および誠実信用原則(第7条)を踏襲していますが、等価有償原則を放棄しました。この決断は、短期的に言えば損害賠償の算定等の場面において有用となるでしょう。しかし、その運用が安定し始めると公平原則を侵食し始める「終わりの始まり」となるかもしれません。

 等価有償原則とは厳格な損益計算を要求する原則を言います。論理的に言えば、都市居住者と農村居住者で所得も違えば生活水準も違いますから、例えば交通事故によって支払われる保険金についても、その所得や生活水準に合わせて正確に支払うことが要求されることになります(日本でも実際に交通事故で死亡した場合、その死亡した人の職業や残余年数の推測統計によって算出金額に差があります)。そうすると、都市住民か農村住民かによって保険金の多少が当然に生じます。つまり、等価有償原則に照らせば、事実上の格差を肯定することになるのです。これは(誰にとっての)公平なのでしょうか。

 古典的な論点で恐縮ですが、民法通則は水と油の関係に立つ両者を一つの条文の中に混在させていました(バカ正直に向き合っていたとも言えるでしょう)。したがって、この意味において、民法総則は大胆ではあるけれども、論理整合性を高める立法判断を行なったことになります。が、整合性を高めたために誰にとっての公平なのかが次の議論の種として蒔かれたとも言えるのではないでしょうか。

 最後に、基本規定は法が規定しない行為(非法行為)の取り扱いについて、より人を信用する規律を言明しました。それが民法総則第10条です。公序良俗に反しない限り、民事紛争を処理する場合で法令の根拠が存在しない時は、慣習(習慣)を適用してよいと言明しました。民法通則6条は、この場合には国家政策を順守せよとしていましたから、これもまた大きな改正です。そして、この条文こそが「中国的権利論」を私たちの権利論へ近づける可能性を秘めていることを申し添えておきたいと思います。

(了)


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