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【17-016】法治啓蒙は法曹人から?

2017年11月24日

略歴

御手洗 大輔

御手洗 大輔:早稲田大学比較法研究所 招聘研究員

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2013年より現職

法曹三者と司法人員の異同について

 日本では一般に、法曹とは法曹三者(裁判官、検察官および弁護士)のことを言います。一部の例外を除いて司法試験に合格し、司法修習を修了することによって法曹資格が与えられます。法治国家を目指すにあたり、その担い手となる彼らは重要なキープレイヤーであり、それゆえに法曹三者の職業倫理も個々にしっかりとしたものがあるとされています。

 一方、現代中国における法曹とは、法曹三者に限られません。広い意味での司法(法を司るもの全般)を意味します。そのため、現代中国における司法とは、法曹三者に加えて行政執行職員[行政執法人員]や公証人、仲裁人らも含むことになります。ここではこれを司法人員としておくことにします。なお、狭い意味での司法を裁判所として(あるいは法曹三者として)捉える論調もありますが、そこまで区別する必要がなぜあるのかについて、納得できる説明に私はいまだ出会ったことがありません([公検法]を狭い意味での司法と捉える論調は理解できないこともありませんが、それは文化大革命前後の法曹三者を一体として捉えようとする論調を下地に置いていますから、日本の法曹三者と前提が異なるのではないかと私は感じています)。

 さて、現代中国が法治国家を目指すとすれば、同じようにその担い手となる司法人員が重要なキープレイヤーになるはずです。では、彼らが個々にギルドのような職業組合を構成し、個々の職業倫理をしっかりと醸成できるかが分析のポイントになるのでしょうか。今回のコラムはそんなお話です。

中国版法治国家が本格始動し始めた?

 今年(2017年)5月に中国共産党中央委員会弁公庁と国務院弁公庁の連名で「国家機関の『誰が執行し、誰が啓蒙するか』の法治啓蒙責任制を実行することに関する意見」(以下「意見」とする)を公布しました。「意見」は、法治啓蒙すなわち法教育と法治の実践とを結びつけ、統治機構内の法治水準を向上させるのと同時に、それを人々にも普及させることを意図したものと言われています。何を当たり前の事を?と思われるかもしれませんが、過去、日本ではこのような「意見」の公布に接する度に「今度こそ本当に法治が実現するだろうか」という評論が一過性のブームを生んで(そして萎むことを繰り返して)来ました。

 とりあえず主流派の言動と区別するために、「現代中国版の法治国家が軌道に乗り始めたのか」という問いを立てて、主流の視点とは異なる伏流の視点をご紹介することに致します。

 まず、主流の視点は前提が誤読と思われます。上記の「今度こそ本当に『法治』が実現するだろうか」という思いの中の「法治」がそもそも誤読しているのではないでしょうか。この誤読の原因は、80年代に現代中国において起こった人治法治論争についての誤読です。人治とは人による統治を指し、法治とは法による統治を指すことは言うまでもありません。しかしながら、当時の論争を、文化大革命の最中の四人組や晩年の毛沢東の神格化(独裁?)といった人治から脱却するための論争だったと主流派は評価しています。これが誤読なのではなかろうかと私は考えます。

 確かに、人治法治論争における論考を眺めて見ると、失われた10年のような暗黒時代を批判し、そうでない新生の中国を作り直すためには法治こそが重要であるというスローガン的なものが多いことを確認できます。しかし、それは社会の流れ(世論)を一定の方向へ導くためのメディア戦術だったのではないでしょうか。有り得ない虚構の事件でもメディアを通じて繰り返せば、一定の流れが生まれることは日本でも同じです。それが後ろめたい過去の内容であれば、それを批判・否定することによって決別したい人々の心理を形成することは容易でしょう。そして、これを知識人らが後押しすれば、個々人のその感覚が正当であるかのような自信を与えることになります。いわば、政治学的な評価としては兎も角、新生の中国を作り直すために法治が重要性であるということは何ら法学的な評価を得られるものではありません。要するに、主流派は、人治法治論争を、法学の視点で評価していないのです。

 では、この人治法治論争における本当のポイントは何だったのでしょうか。例えば、谷春徳=呂世倫=劉新「論人治和法治」論文があります。当該論文は、「法治の中心となるものは『法に基づき事を処すること[依法弁事]』であり、人々がいずれも統治階級の利益と意思のすべてに服従することを強調するが、これと法律至上論とはまったく別のことである」とします。すなわち、文革後の新生の中国が「法の支配 rule of law」と親和する自然法を前提とするか、それとも「法による支配 rule by law」と親和する実定法を前提とするかの選択において、法律至上論(平たく言えば、法律がすべてという考え方)でない後者=法による支配的な法治国家を主張した論文であると評価できます。また、谷安梁「試談討論人治、法治問題的実質和意義」論文は、「総じて、人治と法治の問題の討論は、実質上、我が国の法の、無産階級専制における地位と作用をどのように正確に評価するのかという問題である」として、新生中国の国体(主権者を含む)を確立する議論であるべきと主張しました。すなわち、人治法治論争の本当のポイントは、現代中国における「法治」の内実を西側寄りのそれへと展開してゆくか、それとも新中国を建国して以降に展開してきた自分たちのそれを維持し展開してゆくかにあったのではないでしょうか。

 ちなみに、拙著『中国的権利論』においても論証しましたが、この人治法治論争を経て現代中国法は、その法治を西側寄りのそれではなく、中華人民民共和国を建国した当初に回帰して独自のそれを展開してゆきます。すなわち、「意見」もこの文脈で読み込む限り「今度こそ本当に法治が実現するだろうか」という論調には到底なり得ない代物なのです。

それでも期待を持たせる?

 前述したように、主流が誤読しているのでは?という伏流の視点を排除する理由は何もないと思うのですが、それでも「意見」の内容から主流派は自分たちの思い描く法治が実現するのでは?と期待を寄せてしまうようです。なぜなら、「意見」が、トラブルとなった事象(案件)を担当する裁判官[法官]、検察官、行政執行職員や弁護士等が関係法令を解釈する制度を構築すると言明し、かつ、この制度自体については大衆が最も受け入れており、法治を啓蒙する方法として現時点で最適であるとの認識を、「意見」自らが示しているからです。極めつけは「意見」が、裁判官や検察官が案件を処理する中でこの制度を利用して法令を解釈し、迅速に解釈するように求めていることを挙げられるでしょう。曰く、「裁判官、検察官が案件を処理する各過程において利用し、法律(法令)を宣言・講釈し、難題を迅速に解決するよう求める」と。

 迅速に解決するためには条文の解釈権を現場の司法人員へ付与するのは当然と思いたいのかもしれません。この思いを裏付けるように、「意見」は裁判官、検察官、行政執行職員、弁護士という法曹関係者のそれぞれの言説や行動に一々言及します。まず、裁判官の言説・行動に対する従来の合法性の付与から進展している点は、法廷中継[庭審現場直播]を加えたうえで、ネット公開を始めとして公開の場(公共空間)を通じた法解釈の展開に対して合法性を付与しようとしているところでしょう。おそらく検察官に対しても同様の態度を示すのではないでしょうか。

 次に、行政執行職員の言説・行動に対する合法性の付与については、被執行人に対して法的根拠および救済手段を誠実に示せとしています。裏を返せば、自分の業務に対する自覚はあっても、その法的根拠を知らずに行動していた職員が少なくなかったということでしょうね(「ここは中国だから」という切り返しが皆無になっていくことを願います)。そして最後に、弁護士の言説・行動に対する合法性の付与については、改めて弁護業務を徹底するために、被弁護人の権利義務や関係する法的手続きを告知することの合法性を付与しようとしています。以上に加えて、弁護士に対しては関係する法律問題に迅速に回答せよという要求も加えていますが、彼らの置かれた現状を考えると、これはやや酷な要求なのではないかと感じます。

 なぜか。以上のような「意見」の要求はあっても、彼らに法律問題の最終解釈権(追補:問題となっている条文を自分はこのように解釈するという講釈の権限)を認める文言が盛り込まれていないからです。ちなみに、法律問題の最終解釈権の所在と縁遠い陳情[信訪]についても「意見」は言及しています。曰く「法的な問題を含む陳情[渉法渉訴信訪]に関与して案件を処理するプロセスの中で、法の解釈・原理の分析業務を徹底することを奨励し、支持する。」のだそうです。ここでも現場の司法人員に法律問題の最終解釈権を付与する文言はありません。むしろ法的な問題が関係する場合は大抵、司法機関や検察機関がその指導力を浸透させてきましたから、今後は指導力をより強めていくという予告ではないでしょうか。

 ここまで私が否定的に評価するのには理由があります。「意見」がその最後で次のように言明しているからです。曰く「裁判官、検察官、行政執行職員、弁護士を組織して案件における法解釈活動を平常的に展開するつもりである」。要するに、現場の司法人員の個々に対して法律解釈権の行使を全面的に認めるのではなく、あくまで集団指導体制の枠組みの中における法解釈活動を「意見」が構想しているように私には感じられます。

実は司法人員に対する締め付け?

 このような一連の流れを見ていると、今年(2017年)9月に全人代常務委員会が裁判官法[法官法]を始めとして8本の対司法人員・法曹界の法律を修正した出来事も、「今度こそ本当に法治が実現するだろうか」ではなく、中国版の法治を啓蒙していくための質の確保である、と私は考えます。

 まず、この8本の法律とは、裁判官法、検察官法、公務員法、弁護士法[律師法]、公証法、仲裁法、行政不服審査法[行政復議法]、および行政処罰法です(すべて通称)。いずれも来年(2018年)1月1日より施行する予定です。

 次に、修正した内容ですが、いずれも統一司法試験[国家統一法律職業資格考試]を通じて法曹資格[法律職業資格]を取得させることを言明しています。ちなみに、統一司法試験は、国務院司法行政部門(すなわち司法部)と関係部門が協議して組織的に実施することになっています。さて、この中で最も厳格な(というか、国家が選抜できることを認める)ものは、裁判官法と検察官法の修正です。初任の裁判官と検察官は、いずれも法曹資格を取得した者で、「人徳と才能の兼備」に照らし、かつ、裁判官・検察官としての条件を具備する者の中から選抜するとしています(裁判官法12条1項、検察官法13条1項)。弁護士、公証人、仲裁員、および行政執行職員は、横並びといったところです(公務員法23条2項、弁護士法5条1項、公証法18条4項、仲裁法13条1項(仲裁員になるためには満8年の仲裁業務経験または満8年の裁判官業務経験も要求)、行政不服審査法3条、行政処罰法38条3項)。

 最後に、この8本の法律修正をどのように評価すべきかですが、司法人員に対して法曹資格を要求することは、一概に悪いことではないと思います。日本法でも、特に憲法学において職業選択の自由に関して学ぶことですが、その業界や業種の質を確保するために資格制を設置することが理論として承認されています。ということは、これを司法人員に対する締め付けと評価する一面がないとは言えませんが、それは日本法の感覚からしても奇妙に映る言動でして、こうやって司法人員に対して法曹資格を要求することによって一定程度の水準を確保したい意図の方が大きいと思われます。そうすると、中国版法治国家の実現のためには実定法を前提とした条文解釈の射程範囲を司法人員が享有しておくことが重要ですから、そのための質の確保に向けた法律修正であると評価する方が合理的でしょう。

 このように見てくると、来年1月1日より8本の法律を施行することによって、現代中国の司法人員・法曹界が、個々にギルドのような職業組合を直ちに構成することも期待しない方が無難でしょう。また、個々の職業倫理を醸成できるのではないかと期待を抱くこともお勧め致しません。これからしばらくの間は、統一司法試験を通じて現代中国の司法人員・法曹界の質が一定程度に確保されるか否かが、分析のポイントになると私は考えます。


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