【17-07】挨拶からみる世相の変化

2017年12月27日

柯 隆

柯 隆:富士通総研経済研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員

プロフィール詳細

 筆者のように日本で長く生活するものは日本人の礼儀正しさに慣れて、当たり前のように感じる。それに対して、はじめて日本に来る外国人はたいてい日本人の礼儀正しさに驚きを隠せない。むろん、東京で生活する筆者は地方に行くたびに、地方の日本人のほうが礼儀正しさだけでなく、首都圏の日本人よりもなんとなく人情は厚い。

 仕事の関係上、ときどき中国に帰るが、これまでの数十年間、中国の世相が悪くなったかどうかははっきりしないが、よくはなっていない。日本人からみると、中国人のマナーの悪さは耐え難いものがあるかもしれない。しかし、それは今、始まった話ではない。小さいころ、故郷の南京でバスに乗るとき、いつも苦労する。並んで乗車する習慣は最初からなかった。

 出張などでバスに乗る機会はほとんどないが、ときどき高速鉄道を利用する。かつて鉄道の駅はもっとも混雑するところだった。ダフ屋も神出鬼没していた。今、中国では、飛行機だけでなく、鉄道に乗るときも、すべて実名制となっている。鉄道の切符を買うとき、すべての人は身分証明書かパスポートを提示しなければならない。面倒なシステムだが、以前よりは混雑しなくなった。ダフ屋もいなくなった。

 中国社会を観察すると、もう一つの変化は人々のあいさつの仕方である。小さいころ、大人たちは互いに「ご飯を食べた?」とあいさつするのが習慣だった。「ご飯を食べた?」と聞かれても、別にまだ食べていないと答えても、相手がご馳走してくれることはほとんどない。単なる挨拶ということである。

 中国語を習う日本人は、おそらくたいていの人はあいさつとして「ニーハウ」を習うだろう。確かにニーハウを日本語に直訳すれば、「こんにちは」になる。まったく知らない人にあいさつするとき、「ご飯を食べたか」と聞くのは不自然であるため、その場合、やはり「ニーハウ」のほうが使い勝手としていいかもしれない。それに対して、知人同士であれば、「ニーハウ」とあいさつすると、よそよそしい感じがする。

 いつからか分からないが、中国人はたとえ知人同士でも「ご飯を食べた?」とあいさつしなくなった。オーソドックスな挨拶として、朝、職場などで出会ったら、「早!」とあいさつする。それは「早上好!」(良い朝を)の略語である。しかし、多くの場合、中国人はあいさつしなくなった。

 では、ほんとうの友人は互いにどのように挨拶するのだろうか。

 そもそも挨拶とは人間同士がある種の期待を持って相手に声をかけるものである。 たとえば、イギリスは年がら年中雨や曇りなど天気が悪い。したがって、イギリス人は互いに「Good day!」とあいさつする。それは、良い天気になるように期待を込めて挨拶するといわれている。

 このように考えれば、かつて中国人が「ご飯を食べたか」とあいさつするのは毛沢東時代の中国では食糧が不足し、配給制だったからである。腹いっぱい食べられるように、という期待を込めて「ご飯を食べた?」とあいさつしていたのではないかと思われる。

 「改革・開放」政策以降、中国の食糧事情は急速に改善され、飢える中国人はほとんどいなくなった。「ご飯を食べた?」とあいさつする中国人も自然といなくなった。その代わりに、株式投資がブームになったとき、「株を買った?」とあいさつする人が現れた。株価が低迷し、株式投資は下火になってから、不動産投資はブームになった。それを受けて、とくに都市部では、「家を買った?」とあいさつする人が増えたといわれている。

 このような論点整理に基づいていけば、幹部の腐敗が横行する昨今、幹部たちは互いに「腐敗したか」とあいさつしなければならないかもしれない。むろん、それはあくまでもジョークに過ぎない。人々のあいさつがその時代の世相を表すのは間違いないことである。

 重要なのは中国人にとって何が一番大切なのかである。

 中国で行った調査によれば、若者は結婚する際、男性は家と車を用意しないと、女性は結婚してくれない。筆者にとってもっともショックだったのは、若い中国人男性たちに、「今、家と車を持っていないが、純粋愛情のために、結婚する人はいるか」と尋ねたとき、彼らは何の躊躇もなく「ありえない」と答えてくれた。極論すれば、若い女性は親愛なる男性と結婚するのではなく、男性が持つ家と車と結婚するようなものである。

 30年前の中国では、3種の神器といえば、カラーテレビ、冷蔵庫と洗濯機だった。今の中国では、嫁さんを迎えるために、家と車を持つことは必要不可欠な条件である。しかし、問題は、都市部の住宅価格はサラリーマンの平均年収の20倍以上に達している。20代の若者にとり、家を買うほどの経済力はない。多くの場合、親に援助してもらって、頭金を払って家を手に入れるが、将来、住宅ローンを完済できるかどうかはわからない。

 一方、親は長年の貯蓄を息子のために、家を買う頭金に充てるが、老後の医療費や介護費用はなくなってしまう。将来の生活は心配である。

 これまでの40年間の「改革・開放」政策により、中国人の生活レベルは大幅に向上したが、生活の質は必ずしも改善されていない。今、飢える中国人はいなくなったが、将来の生活を心配する中国人は逆に増えている。いつか中国人は互いに「まだ生きているの」とあいさつする時代が来るかもしれない。


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