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低炭素社会実現のための自動車新燃料技術-ジメチルエーテル(DME)の再考-

2010年 2月24日

小熊 光晴

小熊 光晴(おぐま みつはる):
独立行政法人産業技術総合研究所 新燃料自動車技術研究センター新燃料燃焼チーム 主任研究員

1972年8月生まれ。2001年 茨城大学大学院理工学研究科博士後期課程 生産科学専攻。工学博士。研究分野:ディーゼルエンジンシステムの高効率低公害化を目的に、ディーゼル燃焼、新 燃料利用システム、新燃料標準化等の研究開発に従事。第56回自動車技術会賞浅原賞学術奨励賞受賞(2006年5月)。

1. はじめに

 2008年7月11日に147。27ドル/バレルという史上最高値の達した原油価格の高騰も一息ついているが、自動車ユーザの意識を変えるには十分なインパクトがあった。乗 用車はハイブリッド車が人気を博し、半年以上納車待ちとの声も聞く。このような小型自家用車は、ハイブリッド、プラグインハイブリッド、電気、あるいは燃料電池へとパワートレインの変革が進むものと想像される。

 一方、物流の根幹を担うトラックやバスといった大型自動車は、ディーゼルエンジンという優れたパワートレインに取って代われる有望なものが現時点では存在しない。原 油の需要に対する供給が追いつかなくなるオイルピーク後も、引き続き主流として利用していくと予想されるが、低炭素社会、すなわちCO2排出量の少ない社会を実現するには、可能な限り原油の使用量を削減し、ま たそれよりもCO2排出量の少ないエネルギーへと置き換えていく必要がある。前述の小型自家用車では化石エネルギー発電以外の電気を有効に利用する術があるが、大 型輸送用自動車では燃費の向上により軽油の使用量を削減し、更に軽油よりもライフサイクルでCO2排出量が少ない新燃料を導入していくことでCO2排出量削減を目指すこととなる。また、供給量確保のため、図 1に示すオイルサンド等低品位オイルや石炭、天然ガス等非石油系エネルギーの液化利用等のパスも必要にならざるを得ない。

 ここでは、大型輸送用自動車すなわちトラックやバス用新燃料の一つであるジメチルエーテル(DME)について、低炭素社会構築に対するその可能性を再考する。

図1 資源と燃料

図1 資源と燃料

2. DME燃料利用に向けた国内外動向

 DME(化学式:CH3-O-CH3)は炭素間結合がなく含酸素のためディーゼル燃焼時に粒子状物質(PM)をほとんど排出しないクリーンな燃料である。LPガスよりも低い約6。1 kgf/cm2の加圧で液体となる液化ガスで、セタン価が軽油同等以上ありディーゼル燃料として利用する場合、PM対策が不要なため、燃焼温度低減による窒素酸化物(NOx)低減策が有効に適用可能で、高 度な排気低減触媒システムを採用することなく厳しい排気規制をクリアすることが出来る。ここでは、DMEの燃料利用に向けた最近の動向を紹介する。

(1)日本国内における動向

 燃料製造に関する動向として、新潟市の燃料DME製造㈱による年産8万トンのDME製造能力を持つDME普及促進プラント(原料は天然ガス起源輸入メタノール)が2008年8月に完成した(1)。また、資 源エネルギー庁のDME燃料利用設備導入促進補助事業により一正蒲鉾(株)がボイラをDMEに燃転し(2)、ボイラ燃料としてDMEを新潟にて利用を開始し、い よいよDMEが燃料としての流通をスタートしている( 2008年12月)。また、代エネ法(石油代替エネルギー促進法)の改正およびエネルギー供給構造高度化法( エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律)の成立(3)により、LPガス業界の非化石エネルギー供給対応の対象としても、L Pガスの主成分であるプロパンやブタンと蒸気圧の近いDMEに関心を寄せている。

 DME自動車開発の動向としては、国土交通省「次世代低公害車開発・実用化促進事業」の一貫として交通安全環境研究所主導のもと大臣認定によるDME車両の走行試験が実施されており(4)、図 2に示すようにいすゞ中央研究所製の2トントラックは、総走行距離が10万キロを走破した(2009年9月)。これらの走行試験結果は、量 産を可能とするDME自動車の技術基準策定のための同技術指針作成に反映される予定である。また、実証運行モデル事業として、2009年規制(ポスト新長期規制)に適合し緑ナンバー(営業用ナンバー)を 大臣認定にて取得した中型DMEトラック(いすゞ中央研究所製)が、2009年11月17日に営業運行を開始した(5)。同トラックは2009年規制に適合しながら、C O2排出量はベースの軽油ディーゼルエンジンよりも少なく、また同クラス天然ガスエンジン(三元触媒システム方式)との比較でCO2排出量は同等以下を保ちつつ熱効率は上回る性能を持つ。

図2 いすゞ中央研究所製2t積載DMEトラック

図2 いすゞ中央研究所製2t積載DMEトラック
(エコカーワールド2008、2008年6月@横浜赤煉瓦倉庫街に展示、筆者撮影)

(2)海外の動向

 ヨーロッパではスウェーデンでボルボによる開発車両を導入する計画(5)があり、ロシアではモスクワで10台程度のレトロフィット改造DME車が、学校給食の配送という形で走行試験を続け、近 年中に数十台の実用走行を開始する予定(6)とのことである。中国ではすでにLPガス需要を補填するため、民生用LPガスにDMEが混合されて流通を開始している。また、輸 送分野では上海市内の路線バスにおけるDME自動車の実証試験が進められている(7)

 スウェーデンではバイオDMEによる運輸部門の石油依存度大幅低減を目指している。この欧州バイオDMEプロジェクト(8)、(9)では、V OLVO等7社がEUおよびスウェーデンエネルギー省による総額2、840万ユーロ(約35億円)の資金を基に、製紙工場の黒液を原料にバイオDMEを製造し、図 3のような14台のDMEトラックの実証走行試験を2012年まで行う予定である。このプロジェクトを開始するに際しては、VOLVOはあらゆる石油代替燃料についてライフサイクルを含めて比較評価し、次 世代バイオ燃料の筆頭としてバイオDMEを位置付けている。

図3 ボルボDMEトラック

図3 ボルボDMEトラック
(Washington International Renewable Energy Conference、2008年3月4~6日@ワシントンに展示、筆者撮影)

3. ライフサイクルでのCO2排出量の考察

 図4はみずほ情報総研とトヨタ自動車による、日本における輸送用燃料製造(Well to Tank、すなわち、原料の採掘、採集から燃料製造、輸送を経て自動車の燃料タンクに供給される手前まで)を 中心とした温室効果ガス(GHG: Green House Gas)排出量の試算結果(10)を基に、現在考え得る主な内燃機関用燃料として、従来型燃料、代替燃料および新燃料についてグラフ化した物である。例 えば、従来燃料である超低硫黄軽油では1MJの燃料を製造するのに0。118 MJのエネルギー投入(消費)が必要で、このとき、Well to Tankで温室効果ガスを7。88 g( 考慮している全GHGをCO2等価として)排出する、と読む。この超低硫黄軽油よりも左に位置するものは発熱量等価の燃料を製造するときのGHG排出量は少なく、上 に位置するものは同様に燃料を製造するときのエネルギー消費量が多く必要となることを意味する。バイオマスを原料とした場合、カーボンニュートラルの概念によりGHG排出量は削減できる。

図4 各種自動車燃料のWell to Tank温室効果ガス排出量

図4 各種自動車燃料のWell to Tank温室効果ガス排出量

(1)DMEのWell to TankでのCO2排出量

 スプレーの噴射剤等代替フロンとして利用され始めたDMEがエネルギー利用を検討され初めて十余年、当初はそのクリーンな燃焼特性のみが強調されてきた。地 球温暖化対策による持続可能社会の構築が急務となっている昨今は、温室効果ガス低減に対しどれだけ寄与するかを評価せずに新エネルギーの普及は無いと言える。

 Well to TankでのGHG排出量について考えてみる。前述の図4によると、天然ガス(図中NGと標記)から合成ガスを経てDMEを製造する場合は、1MJのDMEを製造するのに0。322 MJのエネルギー投入(消費)が必要で、このとき、Well to TankでGHGを12。9 g排出する。同数値は、海外の天然ガス田で最も効率の良い直接合成法によりDMEに変換し、低 温タンカーにより日本へ輸送してくる形態として算出されている。超低硫黄軽油には及ばないものの、エネルギー消費量は天然ガスからLNGとして輸入し、都 市ガスインフラを経由してCNGとして自動車に充填する場合と比較してGHGの排出量は同等であることが示されている。石炭を原料とする場合はCO2回収・貯留(CCS: Carbon Dioxide Capture and Storage)技術との組み合わせは必須といえよう。また、木質系バイオマスから合成ガスを得てDME(Bio DME)を製造する場合は、最終形態をフィッシャートロプシュオイル( FT油)とするよりもエネルギー消費量を半分以下にすることができる。現状の技術から鑑みると、資源量が限定的で製造コストも高いBio DMEを石炭や天然ガスを原料とする化石起源DMEに微量でも混合していくのが一つの策といえる。

(2)DMEのTank to WheelsでのCO2排出量

 次にTank to Wheels(すなわち自動車単体で見た場合)でのGHG排出量を考えてみる。図5はディーゼルエンジンのトータル効率に及ぼす各種要因および排出ガス対策について、軽 油ディーゼルとDMEディーゼルを比較したものである。NOx対策は、軽油もDMEも違いはないが、EGR(排気再循環)のみで後処理装置に頼らずNOx低減を図る場合は温室効果ガスである亜酸化窒素(N2O)の 排出が少ないDMEに軍配が上がる。ただし、過剰なEGRは燃費悪化(すなわちCO2排出の増加)を招くため燃費対策との両立が鍵となる。PM対策は、前述の通り燃料の性質として排出しないため、D MEの優位性は非常に高い。軽油ディーゼルの場合は燃焼自体での低減を努力するもDPF(ディーゼルパティキュレートフィルタ)は必須であり、このDPFで捕集したPMを再生( フィルタに捕集されたPMを燃焼させる)するために一時的に燃料を過剰に投与するなど、少なからず燃費を犠牲にするシステムを搭載せざるを得ない。エンジン燃焼についてDMEと軽油を比較すると、不 輝炎燃焼による冷却損失の軽減や燃料噴射圧の高圧化が不要なことによる機械損失の軽減など、DMEはその燃料性状特有の可能性を秘めており、過 濃運転領域でのCO低減により燃焼効率を常に高い状態を保つことでエンジンシステムとしてのトータル効率を軽油ディーゼルよりも向上し得る可能性がある。

 燃費(熱効率)と排気性能を同時に向上させる場合、燃料性状の優位性は大きな効果を及ぼす。軽油ディーゼルの場合、エンジンシステムの高度化を含めてもエンジンアウトでのNOx排出量は、燃 費との両立を図った場合1。5 g/kWhが限界(筆者所属チームの研究による)と考えられ、N2O排出を伴うNOx低減触媒を利用しないでシステムを成立させた場合には、D MEディーゼルへの期待は非常に大きい。

図5 ディーゼルエンジンシステムの効率に及ぼす各種要因および排出ガス対策の比較

図5 ディーゼルエンジンシステムの効率に及ぼす各種要因および排出ガス対策の比較

4. DME燃料の市場導入に向けた標準化動向

 燃料としてDMEを流通させるには、燃料品質定義のほか、品質管理のためのサンプリング方法や数量計測方法などの国際標準が必要である。これらがそろうことで国際間流通も可能となり、市 場形成が期待される。ISOでは、TC28(石油製品および潤滑油)においてDMEを取り扱えるよう、2007年にスコープの変更が行われ、同年、品質やサンプリング方法等の議論が開始された。ここでは、I SOにおけるDME燃料の標準化の進捗を紹介する。

(1)ISO/TC28/SC4(石油、石油系・非石油系液化ガス燃料等の品質と分類)

 SC4ではWG13「Standardization of DME Fuel」が2007年に設置され、燃料用DME品質基準の議論が進められている。DME燃料用途の対象は、Heating fuel(工業用ボイラや家庭用コンロ等、LPガスのように使用する一般燃料)とディーゼルエンジン用燃料であるが、これらとして使用するためのベースとなる燃料という趣旨で議論中である。よって、デ ィーゼル燃料とするときに必要な添加剤や着臭剤などについては、各国の事情もあるため除外されている。燃料品質は、DME製造プラント出荷時とエンドユーザ側の数値を並記する予定である。分析方法については、同 じ液化ガスであるLPG、および天然ガスの分析方法を参考に、既存ISOや日本のLPG業界規格も参照して検討が進められている。

(2) ISO/TC28/SC5(石油系・非石油系液化ガス燃料の計測方法)

 SC5では、WG4「Sampling of refrigerated fluids」において2007年にDMEのマニュアルサンプリング方法の検討が開始され、2009年11月にISO 9945 “Refrigerated non-petroleum based liquefied gaseous fuels - Dimethyl ether (DME) - Method of manual sampling onshore terminals”として発行された。また、2010年にはWG3「Procedures for measurement and calculation of refrigerated fluids」においてDME船上計量方法の検討が開始される予定である。

5. おわりに

 日本では2009年秋に政権交代が起こり、2009年9月22日国連本部で開かれた国連気候変動サミットの開会式において、2 020年までに温室効果ガスを1990年比で25%削減する日本の新たな中期目標を表明した。具合策として、①大企業に削減を課す国内排出量取引制度の導入、②再生可能エネルギーの固定買取制度の導入、③ 地球温暖化対策税(環境税)の導入を挙げている。各国の中期目標は2020年比で、米国0%、欧州連合(27カ国)20~30%、英国34%、ドイツ40%、ロシア10~15%、日本(前政権)8%である。1 997年に議定した京都議定書では日本は6%削減であったが、2006年で逆に6。2%上回っていることから、現状から更に30%以上削減する必要がある。

 国内年間3600万kLほどの軽油を消費する自動車分野も、当然この崇高な目標に向かって努力しなければならない。今後は未利用バイオマスの高効率利用技術やWell to Wheel評価など、分 野を超えた技術融合・協力を進めながら、将来の自動車燃料は『何から何を作りますか?』というストーリー作りを行っていきたいものである。

主要参考文献:

  1. 燃料DME製造株式会社: Web: http://www.Fueldme.com/
  2. DME普及促進センター: Web: http://www.dmepc.jp/index.html
  3. 経済産業省資源エネルギー庁資料、“エネルギー供給構造高度化法について”: Web: http://www.enecho.meti.go.jp/topics/koudoka/index.htm
  4. 佐藤由雄ほか、“DME自動車の開発と実用化普及戦略”、自技会講演前刷集No.49-08、pp.13-18、2008
  5. 国土交通省プレスリリース:  http://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha10_hh_000040.html
  6. 小熊光晴、後藤新一、“DME(ジ・メチル・エーテル)燃料”、日本設計工学会東海支部シンポジウム「石油に替わるこれからの自動車燃料」資料、pp.9-29、(2007)
  7. Huang Zhen and Xie Xiaomin, “Pathways to DME in China”, 3rd International DME Conference (2008)
  8. Henrik Landalv,“Development of DME trucks”, 欧州バイオDME勉強会資料 (2009)
  9. Ingva Landalv、“Black Liquor to BioDME by converting Pulp Mills to Biorefineries”, 欧州バイオDME勉強会資料 (2009)
  10. “輸送用燃料のWell-to-Wheel評価-日本における輸送用燃料製造(Well-to-Tank)を中心とした温室効果ガス排出量に関する研究報告書-”、トヨタ自動車株式会社、み ずほ情報総研株式会社、2004年11月

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