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中国の都市における環境資源としての気候

2014年10月21日

一ノ瀬俊明

一ノ瀬 俊明(いちのせ としあき):
独立行政法人国立環境研究所 上席研究員

略歴

1963年長野県生。
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修了。工学博士。
東京大学助手 などを経て2008年より現職。
1998年度にフライブルク大学客員研究員として在独。
2008年より名古屋大学大学院環境学研究科教授(連携大学院)。
平成8年度土木 学会論文奨励賞受賞。平成26年度環境科学会論文賞受賞。
主な著書に、"Counteracting Urban Heat Islands in Japan", 365-380; Droege Eds.: Urban Energy Transition -From Fossil Fuels to Renewable Power-, Elsevier (2008)、「中国の都市をめ ぐる人と自然の和諧」,230-249; 榧根勇編:「中国の環境問題」,日本評論社(2008)などがある。
2001年より中国上海・華東師範大学 GIS重点実験室顧問教授。

1. 気候を活かしたまちづくりの可能性

 昨今、我が国をはじめ世界の様々な都市で、涼しく快適な都市環境の実現、開発に伴う夏季の暑熱緩和に向けたまちづくりを進めるべく、開発の計画段階で都市気候や都市熱環境の知見を取り入れる取り組みがすすめられている。我が国ではこれまで、日本建築学会が中心となり、日本国内の複数の都市を対象としたクリマアトラスワークショップと称する市民参加型の会議を開催してきた(田中ら,2007)。そこではそれぞれの地域に即した都市環境気候図を作成し、それを活用した都市計画についての検討が行われている。また、国土交通省や環境省の主導により、各種対策技術の提案・評価も行われてきている。

 シュツットガルトなど、ドイツのいくつかの内陸中小都市においては、市街地における開発行為に際し、ローカルな気候や大気環境への悪影響を回避するために計画段階で都市気候・都市熱環境の知見を反映させるべく、専門家と政策担当者、市民が合意形成に向けた議論を行う際の基礎資料として各種の環境主題図(1:5,000~1:200,000)の作成が行われ、それがよりよい都市環境の実現のために活用されている(一ノ瀬,1999)。この主題図群をクリマアトラスと称する。このワークショップにおいては、研究者と政策担当者、デザイナー、市民といった各主体がクリマアトラスにもとづいてラウンドテーブルで議論しながら、例えば緑地の拡充や卓越風向に配慮した街路の設計など、具体的な市街地の整備プランを提案したりして、都市開発の方向性をマップの形にまとめる作業が行われる。

 しかしながら我が国では、依然として経済的なメリットを最大化するための開発が主流であり、実地においてクリマアトラスにもとづき、快適な都市環境の実現への効果が検証された機会に極めて乏しく、その実現に向けた合意形成のための説得材料が希求されている。一方、中国のように行政トップの判断が民意に優先するような国家では、合意形成のための手続きは我が国のそれにくらべ格段に簡素なものであり、行政トップが「気候変動影響緩和策」を盛り込んだ市街地の整備プランに対して理解を示した場合、関連研究の成果を反映した都市開発が実現する可能性が高いものと考えられる。

 これら望ましい計画・設計の普及・推進を図るためには、これをサポートするガイドラインの制定や各プランにおける環境性能の評価システムの整備が必要となる。中国には、気候区分に配慮した住宅地における建築設計ガイドライン「城市居住区熱環境設計標準」が存在する(The ministry of housing and urban-rural development of the PRC, 2011; Meng et al., 2012)。この内容は日本の国土交通省(2004)のガイドラインに類似しており、単体の建築について、周辺の風通しや日影、周辺地表面における透水性と蒸発性能、緑地の状況について、デザインの基準を具体的な数値や計算式で示しており、単体建築の設計者にとってはわかりやすいものと考えられる(吉田ら,2013)。しかしこのようなアプローチでは、都市内街区構造や立地、地方性に起因する現象の多様性を議論することはできない。河川・池沼や緑地などの都市内に展開する自然的要素(環境資源)との位置関係、注目する季節・時間帯や効果(省エネ、暑熱緩和)を考慮しなければ、クリアアトラスの趣旨を活かした都市設計には至らない。今後は、環境省ヒートアイランド対策ガイドライン(2009)のような、街区スケールから都市スケールまでを包括するようなガイドラインの作成が望まれる。近年では、香港中文大学が日本やドイツとの共同研究を通じ、めざましい成果(任・呉,2012)を挙げているほか、広州市城市規劃勘測設計研究院などの地方設計機関においても、これらの成果を活用した設計事例がみられる。

2. 武漢での試み

 著者らは、夏季に暑熱の著しい湖北省武漢市(図1)を対象として、都市熱環境に配慮した都市開発の実現に向け、屋外温熱環境の現地観測等から得られた気温分布や気流等のデータをもとに、ヒートアイランド緩和策を盛り込んだ市街地整備プランを立案し、実用化に向けて政策担当者の意向を反映する研究を進めてきた。屋外での現地観測や市街地整備プランの提案等は、華中科技大学建築・都市計画学院との共同で実施している(平野ら,2011;一之瀬,2011)。

図1

図1 武漢における屋外温熱環境の現地観測地区

 今後再開発が想定される長江両岸の武昌と漢口の2地区を選定し、2010年の夏季 に気温・湿度、風速・風速、黒球温度、地表面温度等の現地観測を行った結果、河道沿いと周辺の気温分布や気流等について以下の知見が得られた(図2)。(1)河道上の空気は周辺の市街地よりあきらかに低温で、風速も強い。河道上の空気は、直交する街路へ200~300mほど進入する。(2)河道に直交する街路上の地点(地点2)と街区内に位置する地点(地点3)の気温変化を比較すると、風速の強い地点2では気温の変動が大きく、風速の弱まる地点3では気温の変動が小さい。(3)河道に直交する街路周辺の気温と風向の観測結果によると、河道から冷涼な空気が吐き出されるケースと、市街地からの暖まった空気が河道側に引き込まれるケースの、2種類の空気の流れが存在する可能性が高く、本結果は都市計画やまちづくり等にかかわるプラン作成にも応用できる。

図2

図2 武昌地区における気流の観測事例

 以上を踏まえ、夏季の卓越風と直交するように建物を配置し、冷涼な空気を街区に取り入れつつ、武昌の古い街並みを活かしたデザインを提示した(図3;図4)。商業地域では、歩行者スケールで外部空間の設計を考え、歴史的価値の高い建物と融合させた。また住宅地域では緑地空間を設け、換気や日照を確保した。

図3

図3 武昌地区における設計案の事例

図4

図4 武昌地区における地上風系数値計算の事例(陳宏によるワークショップ資料から)

 平成23年3月5日に華中科技大学建築・都市計画学院において、研究者、政策関係者・設計者、学生、地元住民等160名の参加で開催されたワークショップにおいては、「夏季・冬季の両季節の快適性を得るため、都市の東西方向の建物密度を低くし、南北方面の密度を高くすべき。」「対象地区の南側を低層群、北側を高層群としているプランは、日照や換気の面を十分考慮しているが、周辺には悪影響の生じるエリアもあり、周辺環境もあわせた建物配置を考えていく必要がある。」などの意見が出された。

3.今後の課題

 都市熱環境に配慮した市街地の整備プランを実行した際も、生活上の快適性や利便性はおおむね確保できる。しかしながら街区内に風を取り込む建物配置を優先的に検討する必要があるため、建物の設置・向きや形状・デザイン等に制限がかかりやすい。画一的な空間とならないよう、敷地内における緑や花等による色彩豊かな空間の確保等により、変化に富み個性的な空間形成を進めていく必要がある。また、事業主体によって開発設計にあたり重点と考える項目が異なるため、熱環境改善事業の実用化に向けては、関係者同士の共同作業が重要なプロセスであることが裏づけられたほか、プラン化に活用する風環境や熱環境のシミュレーション結果を一層精緻化し、快適な都市の実現に資する条件を、可能な限り一般化していくことが必要であることが明らかとなった。

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金B(海外調査)「中国におけるクリマアトラスを通じた都市熱環境配慮型都市開発の実現」(研究課題番号:20404012:研究代表者:一ノ瀬俊明)の成果の一部である。陳宏教授ほか、華中科技大学建築・都市計画学院のメンバーの多大なるご協力に感謝します。

主要参考文献:

  1. 田中貴宏・山下卓洋・森山正和(2007):「都市環境気候図」を利用した多主体参加型まちづくりワークショップに関する研究 : 神戸市長田区駒ヶ林地区におけるワークショップの実践,日本建築学会環境系論文集,611,91-98.
  2. 任超・呉恩融編著(2012):「城市环境气候图-可持续城市规划辅助信息系统工具」,中国建築工業出版社.
  3. 一ノ瀬俊明(1999):ドイツのKlimaanalyse ~都市計画のための気候解析~,天気,46,709-715.
  4. The ministry of housing and urban-rural development of the PRC (2011): Design standard for thermal environment of urban residential area.
  5. Meng, Q., L. Zhang, L. Zhao, J. Tao, Q. Li, and Y. Zhang (2012): Introduction of design standard for thermal environment of urban residential areas, Proc. of ICUC8.
  6. 国土交通省(2004):「ヒートアイランド現象緩和のための建築設計ガイドライン」
  7. 環境省(2009):「ヒートアイランド対策ガイドライン」
  8. 一之瀬俊明(2011):中国城市是“環境政策実験性基地”,城市空間設計,17,5,21-23(中国語)
  9. 平野加保里・一ノ瀬俊明・陳宏・秋山寛(2011):中国におけるクリマアトラスを通じた都市熱環境配慮型都市開発の実現,土木学会環境システム研究論文発表会講演集,39,297-302.
  10. 吉田伸治・佐藤大樹・竹林英樹・田中貴宏・持田灯・大岡龍三・義江龍一郎(2013):東アジア諸都市のヒートアイランド対策ガイドライン提案に関する研究,日本建築学会北陸支部研究報告集,56,127-130.

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