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中国のトウモロコシの「農業供給側構造改革政策」の推進(その2)

2017年 4月 6日

白石和良

白石 和良:元農林水産省農業総合研究所海外部長

略歴

1942年生れ
1966年 東京大学法学部政治学科卒、法律職で農林省入省
1978年~1981年 在中国日本大使館一等書記官
1987年 研究職に転職、農業総合研究所で中国の農村問題、食料問題等を研究
2003年 定年退職 以降フリーで中国研究を継続

その1よりつづき)

3.トウモロコシに対する農業供給側構造性改革の実施とその成果

 上記のような二進も三進も行かない状況に陥ったトウモロコシに対して対策が開始されたのは2015年からである。現在は「農業供給側構造性改革」の名で実施されているトウモロコシに対する対策は2本の柱からなっている。一つはトウモロコシから他作目への転換であり、他の一つは買上げ制度の変更である。

(1)他作目への転換政策の推進

 他作目への転換政策は、2段階で実施されている。第1段階は農業部の指導意見による開始であり、第2段階は『全国耕種業構造調整計画(2016-2020年)』による推進である。

ア.第1段階:農業部の「“鎌刀弯”地区トウモロコシ構造調整の指導意見」の下達

 農業部は、2015年11月に「“鎌刀弯”地区トウモロコシ構造調整の指導意見(農農発[2015]号)」(以下、「指導意見」)を下達して、トウモロコシの作付転換の指導を開始した。この指導意見による政策の骨子は次のようである。

①対象地域:河北、山西、内蒙古、遼寧、吉林、黒龍江、広西、貴州、雲南、陜西、甘粛、寧夏、新疆の13の省、自治区のトウモロコシ不適地域。これらの地域は「鐮刀弯地区」と呼ばれる(図1参照)。なお、このトウモロコシ不適地域の2015年のトウモロコシ作付面積は1.56億畝(1040万ha)であり、また、この地域は過去10年間でトウモロコシの作付面積の最も増大した地域とされている。

図

図1 鐮刀弯地区の概念図(黄色鎌刃形の3カ所)

http://m.news.cntv.cn/2016/04/11/ARTINdku8KoLjQ9I5QRwyMLF160411.shtml

②作付転換の目標面積:2020年までにトウモロコシの作付面積5000万畝(333.3万ha)以上を減少させ、1億畝(666.7万ha)に安定させる。2016年は1000万畝(66.7万ha)以上を減少。地区別の2020年までの目標面積は表8のようである。

表8 地区別の2020年までの転換目標
出所:指導意見。
東北冷凉区 1000万亩(66.7万ha)以上
北方農牧混交区 3000万亩(200万ha)以上
西北風沙干旱区 500万亩(33.3万ha)
太行山沿線区 200万亩(13.3万ha)
西南石漠化区 500万亩(33.3万ha)

③転換先作目:大豆、バレイショ、雑豆、雑穀、青刈トウモロコシ(サイレージ用)、生食トウモロコシ、飼料作物、経済林(果樹、桑、茶)、落花生等。

④農業部の補助金:2016年は35億元

 農業部は、以上のような内容の指導意見に基づいてトウモロコシの作付転換を進めるとともに、2016年にはこの指導意見の内容を「全国耕種業構造調整計画」にも組み入れている。

イ.第2段階:『全国耕種業構造調整計画(2016-2020年)』の策定とその下での推進

 2016年4月、農業部は『全国耕種業構造調整計画(2016-2020年)』を策定、下達した。この計画には、鐮刀弯地区のトウモロコシを含めて、全国のトウモロコシを対象にして講ずるべき政策が規定されている。この計画の骨子は次のようである。

①トウモロコシを穀粒型、青刈型、生食型に区分し、穀粒型は減少、青刈型は拡大、生食型は適度に発展させる。

②穀粒型の2020年の全国の作付面積は、不適地域である鐮刀弯地区の5000万畝(333.3万ha)余を減少させ、5億畝(3333.3万ha)程度に安定させる。

③青刈型は拡大させ、2020年の作付面積は2500万畝(166.7万ha)に引き上げる。

④生食型は適切に発展させ、2020年の作付面積は1500万畝(100万ha)に引き上げる。

なお、この『全国耕種業構造調整計画(2016-2020年)』には、「この計画は、農業供給側構造性改革の推進のために、策定されたものである」旨書かれているので、今回推進されているトウモロコシの削減政策を農業供給側構造性改革の一部であるとすることの根拠はここにあるようである。

(2)買上げ制度の改革

 2016年からこれまでの買上げ制度(中国政府が定めた価格で無制限に買い上げる制度)は廃止する一方、トウモロコシ生産農家の基本的収益を保障するために、トウモロコシ生産者補助制度を開始した。2016年に実施されたこの補助の具体的内容は、2014年のトウモロコシの作付面積に対し、1畝当たり170元(=1ha当たり2550元)を補助するというものであった。この補助額は、平均単収から割り戻すと、1㎏当たり0.2元の補助金となる由であり、2016年の東北3省、内蒙古に対する補助金合計は390億元に達したとされている。なお、この生産者補助制度の補助金等の具体的内容は、毎年新たに決定され、実施されることになっている。このため、この制度を所管する財政部がその実施通達を早急に下達することを望む声が報道されている。怠慢な役人はどこにもいるようである。

(3)改革政策実施の成果

 上述のような改革を実施した結果はどうであったか。農政担当者は次のような成果が上がっていると喧伝している。

ア.2016年のトウモロコシ生産量の減少

 2016年のトウモロコシの作付面積は減少し、その結果、生産量も減少しており(表9参照)、政策推進の成果は確かに挙がっていると言えよう。

表9  トウモロコシの生産(単位:万t、万ha、㎏/ha)
出所:2015年は『中国統計年鑑』、16年は16年統計公報。
注:単収=生産量÷作付面積。
年次 生産量 作付面積 単収
2015年 22,463 3,812 5,893
2016年 21,955 3,676 5,973
16年-15年 -508 -136 80
16年/15年 -2.3% -3.6% 1.4%

イ.トウモロコシ価格の低下

①国産と外国産の価格差:2013年7月から外国産の方が国産より安いという逆転現象が開始し、継続していたが、その頂点の2015年5月、6月時点では、外国産の方がトン当たり1000元も安かったとされている。トウモロコシの減産政策の推進によって、2017年1月には、国産トウモロコシ価格は、外国産の港湾渡し価格よりトン当たり50元低かった由である。

②国内市場価格:国家統計局の「流通領域重要生産資料市場価格変動情况」(毎旬公表)による国内市場のトウモロコシ価格を節目毎にまとめると表10のようになる。2014年6月下旬に最高値を着けたが、トウモロコシの減産政策の進展とともに価格は低落し、今年2月下旬に底値となり、緩やかな反転になっている。

表10 トウモロコシの市場価格(単位:元/t)
出所:国家統計局「流通領域重要生産資料市場価格変動情况」
時 点 2014年
1月上旬
2014年
6月下旬
2015年
1月上旬
2016年
1月上旬
2017年
1月上旬
2017年
2月下旬
2017年
3月中旬
価格 2260 2428 2226 1965 1507 1472 1519
備考   最高値       最低値  

ウ.農地利用権の賃借料の低下

 東北3省では、農地利用権の賃借料は、トウモロコシ減産政策推進前は1畝(6.67アール)当たり500元/年であったが、現在は350元/年程度に下がっている。これは、トウモロコシの減産政策によってその収益性が低落したためである。この結果、借り手が借り易くなったため、農地利用権の流動化が促進されたと言われている。

エ.トウモロコシ、その代替品の輸入量の減少

 国産のトウモロコシ価格が低下すれば、外国産、代替品との競争力が回復してくるので、外国産トウモロコシ、代替品の輸入が減少している。2016年のこれらの減少状況は、表6、表7を参照されたい。また、このような傾向は現在も続いているようなので、今年の1~2月の代替品の輸入状況を表11にまとめた。大麦が大幅に増えているが、これはビール原料用のものが増えたためと思われる。

表11 トウモロコシ代替品の2017年1~2月の輸入量(単位:万t)
出所:中国農業部HP。
品目 大麦 高粱 木薯 DDGs
輸入量 147.3 130.5 122.3 10.5
前年同期比 236.1% 97.5% 89.1% 22.2%

4.中国の農業構造調整の実施経過

 現在、農業供給側構造性改革の一部として実施されているトウモロコシの減産政策も、農業構造調整の一事例である。中国では農業構造調整がこれまで何度か試みられているので、それらとの関連性を見てみよう。

(1)1978年の改革開放以降の農業構造調整の実施経過

 『全国耕種業構造調整計画(2016-2020年)』を所管する農業部の責任者は、この計画の公表に際して、これまでに実施されている農業構造調整を次のように総括している。

 第1回:時期は1980年代中期。実施事由は、農業生産責任制の実施の結果、食糧生産が過剰となったことに対応するため。内容は、食糧生産を圧縮し、非食糧作物の生産を拡大。

 第2回:時期は1990年代初期。実施事由は、早稲のインディカ種(長粒種)の販売不振、過剰在庫。内容は、「高産(高収量)、優質(高品質)、高効(高収益)」の「三高農業」を発展させること。

 第3回:時期は1990年代末期。実施事由は、食糧生産の5億t越えが続いたための過剰在庫。内容は、戦略性構造調整を進め、米、小麦、トウモロコシを減少させること。なお、作付調整が進み過ぎて、食糧大増産政策へ反転したことは上述した。

 第4回:今回の農業供給側構造性改革(今回のトウモロコシの減産措置を含む)。実施事由は、農業の主要な矛盾が総量不足から構造性矛盾に変わったことに対応するため。内容は、品質向上で市場要求を満足させることと不適地のトウモロコシを削減すること。

 以上のような合計4回の農業構造調整は、総じていえば、食糧の過剰生産、過剰在庫の発生が発端となっている。そして、食糧の過剰生産、過剰在庫問題の発生は、食糧政策の失敗が原因である。それを食糧生産農家の責任することは出来ない。中国の農家は、なべて中国共産党やその執行機関である農業行政当局の厳重な指導下、規制下にあるからである。

(2)今回の農業構造調整を「農業供給側構造性改革」と呼ぶことの妥当性

 現在中国では、「供給側構造性改革」の必要性が叫ばれているが、これは、大中型国有企業群を中心とした鉱工業サイドでの過剰生産、過剰在庫、低価格輸出が世界経済に悪影響を与えているからであろう。この場合は、「供給側」がはっきりしているので、それらを「構造性改革」することは、論理的にも、現実的にも可能であるが、生産不適地のトウモロコシの「供給側」は、零細規模の無組織農家群である。大中型国有企業群と無組織の零細農家群を同列に扱って、「農業供給側」と呼ぶのは実態を糊塗するものでしかないであろう。あれこれと目新しい言辞を弄しても実態は変らないのである。筆者の下司の勘繰りであるが、「農業供給側構造性改革」という言葉の多用は、習近平総書記に対する胡麻すりのように思えてならない。「供給側構造性改革」という言葉は、習近平総書記が言い出しっぺか、あるいは彼が多用する好みの言葉であるやに感じられるからである。近年、中国ではその年の農業政策の基本方針を定めた「一号文件」が毎年出されるようになっているが、因みに、一号文件での「農業供給側構造性改革」という言葉の使用度数を数えてみよう。2015年はゼロ、2016年は文中で1カ所、2017年は、表題にも使われ、合計8カ所にも達していた。

おわりに

 本稿では、トウモロコシの減産、転作政策の推進状況を中心に紹介したが、中国の農業が抱えている問題は多く、複雑である。トウモロコシの在庫が2.5億tもあることは紹介したが、問題は少ないとされている米でもその在庫は1億tに達している由である。米、小麦、大豆、綿花、糖料等に対する価格保障制度も整理の俎上にあるようであるが、どのような方向に進むのか。今後も、中国の農業問題のトレースにはかなりの手間隙を掛けなければならないようである。


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