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抗マラリア薬アルテミシニン類の研究開発(その2)

2017年 5月31日 郭宗儒(中国医学科学院薬物研究所)

その1よりつづき)

3 アルテミシニンの臨床研究・治療効果の確定

3.1 最初の臨床試験

 屠呦呦研究グループは、エーテルを用いて抽出した中性成分について動物安全性試験と健常者ボランティアによる服用試験を行った。その後、海南および北京の患者30例を対象に治療を行ったところ、治 癒率は高くなかったが、明確な抗マラリア作用があることが実証された。中性成分には、屠呦呦研究グループが後に抽出したアルテミシニン(当時はアルテミシニンIIと呼んでいた)が含まれていた。このことは、物 質面での基礎研究から臨床効果に至るまで、アルテミシニンによるマラリア治療の道が開かれたことを意味する。

3.2 アルテミシニン作製の規模化および臨床効果の確証

 エーテル抽出物と基本的な治療効果からインスピレーションを受け、雲南薬物研究所の羅澤淵らは山東中医薬研究所の魏振興らと共に、ガ ソリンまたはエーテルを用いて当地のクソニンジンから抽出作業を行ったところ、純度の高いアルテミシニンが得られた。これによって、抗マラリア薬効が明らかに向上された。特に、羅澤淵らの発明した「 溶剤ガソリン法」によって、臨床研究と大規模生産に技術的・物質的基盤が築かれた。

 広州中医学院の「523任務」研究グループに所属する李国橋らは雲南で脳性マラリアの予防・治療に関する研究を行い、臨 床用医薬品を提供する羅澤淵と協力してアルテミシニンによる抗マラリア臨床研究を実施した。彼らは、患者にアルテミシニン(旧称:黄蒿素)を内服させたところ、悪性マラリア原虫の微細な輪状体が発育を停止し、か つ、急速に減少する現象が見られた。このことから、悪性マラリア原虫に対するアルテミシニンの迅速な殺傷作用は、キニンおよびクロロキンを大きく上回ることが認められた。治療を行った患者18例のうち、脳 性の悪性マラリアは1例、黄疸型悪性マラリアは2例、重症でない悪性マラリアは11例、三日熱マラリアは4例であったが、いずれも臨床治療により迅速に治癒した。このことから、ア ルテミシニンによる悪性マラリアの臨床治療効果とその即効性・低毒性という特徴が最初に証明されたことは、アルテミシニンの臨床応用価値における重要な発見となった(張剣方「遅到的報告——五 二三項目与青蒿素研発紀実」広州:羊城晩報出版社, 2006)。

4 アルテミシニンをリード化合物とした構造の最適化

 アルテミシニンはセスキテルペンであり、構造中の5個の酸素原子が交錯して環状エーテル、過酸化環状エーテル、環状アセタール、環状ケトンおよびラクトンを形成している。分 子中に助溶基が欠如しているため、水溶性が低い上に、脂溶性も強くない。中国の医薬品管理当局は1985年に新薬として販売を承認したが、生物学的利用能も生物薬剤学的な性質も劣っていたため、ア ルテミシニンの臨床応用は限定的だった。そこで、アルテミシニンをリード化合物として構造の最適化を行い、アルテミシニン類医薬品を発展させることが必然の趨勢となった。ア ルテミシニンによる抗マラリア作用機序の研究が遅れていたため、構造の最適化は表現型の変化と構造活性相関の分析から行われた。

4.1 過酸化基の存在と特異な骨格が重要な構造要素

 化学的方法によってアルテミシニンの構造を確定し、過酸化基をエーテル基に転換して生成された還元アルテミシニン(5)は、活性評価の結果、抗マラリア作用を完全に失っていた。抗 マラリア活性を有するYingzhaosu Aにも過酸化基が含まれることから、過酸化基が必須な薬効基であると推察されたが、さらに多くの過酸化化合物をスクリーニングした結果、過 酸化構造を含む分子のすべてに活性があるわけではなかった。このことによって、過酸化構造を支える分子の骨格にも特異的な貢献があることが示唆された。そこで、アルテミシニンの最適化においては、過 酸化基と分子骨格の保存を前提として、その誘導体の合成が設計された。

4.2 中国で研究開発されたアルテミシニン類薬品:アルテメーテル

 構造を証明するための化学反応において、NaBH4を用いてアルテミシニンのエステル基・カルボニル基を還元したところ、半アセタール化合物ジヒドロアルテミシニン(9)が得られ、抗 マラリア活性はアルテミシニンの倍であった。このことにより、ラクトン基を変換しても活性を維持でき、かつ、高められることが示された。化合物の抗マラリア活性と安定性を高めるために、李 英らは化合物9を出発物質としてジヒドロアルテミシニンの3類誘導体を合成した。

4.2.1 C 10 エーテル類化合物> ジヒドロアルテミシニンは、BF 3-エーテルによる触媒下でアルコールと反応してアセタール・エーテル(一般式12)を生成する。生成物は一対のエピマー(α, β-異性体)で安定した化合物であり、主要生成物はβ配置である。エーテル化合物から分離された αおよび βモノマーを用いて、ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)中のクロロキン耐性の原虫株に対して活性評価を行い、ア ルテミシニンを陽性対照群として原虫の90%抑制所要投与量(SD 90)を測定した。表1に代表的なC 10エーテル基含有化合物の活性を示す。

表1 C 10エーテル類化合物の構造およびその活性

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 表1のデータにより、ジヒドロアルテミシニン(9)の活性はアルテミシニンのほぼ2倍であり、メチルエーテル化合物(13)の抗マラリア活性はジヒドロアルテミシニンより2倍高いことがわかる。エ ーテル基のRアルキル基が増大すると活性が下がり、ヒドロキシ基エーテル化合物21は活性がなくなる。 βエピマーの活性は一般的に相応する αエピマーよりやや高い。RはCH 3の化合物13であり、活性は他のアルキル置換基より高いことから、13をアルテメーテルという。

4.2.2 C 10エステル類化合物 ジヒドロアルテミシニン9は、ピリジン媒質中で無水化合物、塩化アセチルまたはクロロギ酸エステルと反応するとC 10エステル類化合物(一般式22)が得られ、生成されるカルボン酸エステルは単一の αエピマーである。クロロギ酸エステルと反応して得られるC 10炭酸エステルも αエピマーが主であり、温度をやや高めると少量のβエピマーが得られる。

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 表2にジヒドロアルテミシニンのモノエステルおよび炭酸エステル化合物の活性を示す。これらエステル化合物の活性はいずれも一般的に高く、かつ、活性には以下の順位が見られた。すなわち、炭 酸エステル>カルボン酸エステル>エーテル化合物>ジヒドロアルテミシニン>アルテミシニンである。(李英、虞佩林、陳一心ら「青蒿素類似物的研究. I. 還原青蒿素醚類、羧 酸酯類和碳酸酯類衍生物的合成」薬学学報, 1981, 16: 429−439;顧浩明、呂宝芬, 瞿志祥「青蒿素衍生物対伯氏瘧原虫抗氯喹株的抗瘧活性」中国薬理学報, 1980, 1: 48−50)

表2 ジヒドロアルテミシニンのモノエステルおよび炭酸エステル化合物の活性

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 このほか、虞佩林らが9の置換による安息香酸エステル化物を合成したところ、化合物32の活性がアルテミシニン10の2倍あったことを除いては、そ の他のニトロ基またはハロゲンを含む誘導体の活性は平均的であった(虞佩林、陳一心、李英ら「青蒿素類似物的研究. IV. 含鹵素、氮、硫等雑原子的青蒿素衍生物的合成」薬学学報, 1985, 20: 357−365; China Cooperative Research Group on Qinghaosuand Its Derivatives as Antimalarials. The chemistry andsynthesis of Qinghaosu derivatives. J Tradit Chin Med(Eng Ed), 1982, 2: 9−16)。

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4.2.3 ビスエーテル類化合物 陳一心らはグリコールを用いてジヒドロアルテミシニンを連結し、アセタールの合成(一般式33)を設計し、目標物質のC 10配置は α, βまたは β, β連結とした。活性評価により、いずれもモノメチルエーテル(すなわちアルテメーテル)より弱いことが分かった[陳一心、虞佩林、李英ら「青蒿素類似物濃度研究. VII. 双 (二氢青蒿素) 醚和双 (二氢脱氧青蒿素) 醚類化合物的合成」薬学学報, 1985, 20: 270−273]。

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4.2.4 アルテメーテル—候補化合物の確定 上記のとおり、ジヒドロアルテミシニンのエーテル、カルボン酸エステルおよび炭酸エステル類誘導体から活性の比較的高い13 (β エピマー)、2 4 (α エピマー) および29 (α エピマー) の3つの化合物を選び出し、ネズミマラリア原虫(Plasmodium berghei)に感染したマウスの治療実験についてさらなる評価を行った。表 3にこれら3つの化合物とアルテミシニン、ジヒドロアルテミシニンの活性データを示す。

表3 最適な化合物を選択して抗マラリア作用を比較した。

a:マラリア原虫の50%を抑制するのに必要な投与量; b: マラリア原虫の90%を抑制するのに必要な投与量; c: マウスに毎日投与する場合に、5日後に50%のマラリア原虫が陰性に転じるための最低投与量; d: マウスに毎日投与する場合に、5 日後にすべてのマラリア原虫が陰性に転じるための最低投与量

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 表3から、これら3つの化合物は感染マウスに対して良好な治療効果を示したことがわかる。そこでさらに、マラリア原虫に感染したカニクイザルの治療効果を評価し、マウス、ラット、小鼠、大鼠、イエウサギ、イヌ、サルで安全性試験を行い、化合物の物理化学的性質とあわせて検討し、アルテメーテル(artemether)を候補化合物として、系統的な臨床前研究を行うこととした(顧浩明、劉明章、呂宝芬ら「蒿甲醚在動物的抗瘧作用和毒性」中国薬理学報, 1981, 2: 138−144)。1978年から臨床研究が始まり、アルテメーテルは1987年に注射液として中国での新薬販売が承認された。

その3へつづく)


※本稿は郭宗儒「青蒿素類抗瘧薬的研制」(『薬学学報』2016年第51卷1期、pp.157-164)を『薬学学報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技 術有限公司


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