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クローンサルから遺伝子編集サルへ

2018年5月30日 湯波(中国農業大学国家動物遺伝子研究センター博士)

一本の毛から千万の分身誕生 ―中国人科学者が神話を実現

 2018年1月25日、驚くべきニュースが中国内外の主要メディアをにぎわせ、チャットアプリ「微信」(WeChat)の話題の焦点となった。体細胞から作った世界初のクローンサル「中中」と「華華」が 中国で誕生した。ここ20年近く世界中でどこも成功できなかった国際的な難題が、中国科学院神経科学研究所の孫強研究チームの5年におよぶ取り組みで攻略された。研究論文は、世界でも権威ある学術誌『セル』に 発表され、「世界級の重大ブレークスルー」と評価された。世界初の哺乳動物の体細胞クローン、羊の「ドリー」に匹敵する成果とする声もある。重要なのは、体細胞クローンサルの誕生は、遺 伝子組換えサルと遺伝子編集サルの研究を促進し、ヒトの神経疾患の発症メカニズムの研究と新薬のスクリーニングにも大きな意義を持つということだ。

世界的なニュースとなった一頭の羊

 1997年2月22日、世界の各大型メディアは「ドリー」という名の羊をこぞってニュースにした。この羊がほかの羊と違ったのは、受精卵から発生したのではないということ。3 頭の雌羊がドリーの誕生を可能にした。

 科学者らはまず、フィン・ドーセット種の6歳の白い顔の雌羊の乳腺から乳腺上皮細胞を採取し、細胞核を細胞質から分離。別のスコティッシュ・ブ ラックフェイス種の顔の黒い雌羊の卵巣から未受精の卵細胞を採取し、細胞核を取り除いた。さらに白い顔の雌羊の乳腺上皮細胞核を、黒い顔の雌羊の核除去済み卵細胞中に移植。電気ショックで刺激すると、再 構成した細胞は復活し、分裂を始め、胚へと発育した。今度はまた別の「代理母」となる雌羊の子宮内にこれを移植し、ドリーは誕生した。これは体細胞からのクローンのプロセスであり、ドリーは、世 界で初めて体細胞からクローンされた哺乳動物となった。

 クローン羊・ドリーの誕生は、生命に対する人々の認識の限界を取り払った。従来の生物学の教科書によれば、動物の体は体細胞と生殖細胞からなり、生殖細胞はさらに精子と卵子の2種類に分かれ、両 者が結合して受精卵になって初めて胚が形成され、生命が誕生する。体細胞とは、神経細胞や免疫細胞、赤血球、筋細胞、皮膚細胞など、すでに高度に分化した多種多様な細胞だ。体細胞はこれまで、プ ログラムされたロボットと同様にとらえられ、個別の機能だけを担って個体への分化や発育の能力はないとされた。例えば赤血球は酸素の運搬だけを担い、神経信号の処理という神経細胞の機能は持たない。し かしドリーの誕生は、体細胞も再分化能力を持っていることを示した。プログラムし直すことで、体細胞も、同じ種のほかのどんな細胞にもなることができ、動物の個体に発育することもできるという。

 ドリーは世界で最も有名な羊となった。だが大きな注目を集めたのは、クローン人間の出現に対する懸念だった。クローン人間の健康を不安視する人もいれば、ク ローン人間のアイデンティティの混乱を訴える人もいる。悪意をもつ人がクローンした人間を使って臓器を生産したり、身代わりに犯罪やテロ活動をさせるのではという疑いの声もあった。だ がそれから20年余り経っても、体細胞からクローンした人間はまだ出現していない。科学者らがクローン人間の研究に興味を示さなかったためでもあり、ヒ トのクローンを各国が厳禁する法律を次々と打ち出したためでもある。

 これとは逆に、そのほかの動物のクローンは次々と出現した。これまでにクローンに成功した動物には、マウス、牛、豚、猫、ウサギ、犬、狼、フェレットなど20種余りが含まれる。体 細胞クローン技術の応用の見通しは次々に掘り起こされてきた。すでに死亡または絶滅した動物の復活、絶滅危惧種の保護、生産性の高い優れた家畜種の大規模な繁殖、ヒトの疾患の動物モデルの生産、胚 や細胞のクローンによるヒトの疾患の治療などが含まれる。

困難を極めたサルのクローン

 ヒトとの親類関係が最も近いことから、サルなどヒト以外の霊長類動物は、ヒトの疾患モデルを構築する理想的な材料とみなされている。米国やドイツ、日本、シンガポールなどの科学者はこれまで、体 細胞クローンサルをつくり、ヒトの疾患を遺伝子修飾したサルの開発に関し土台を築こうとしてきた。だが20年近くの取り組みを経ても、実験はすべて失敗に終わった。

 羊のドリーの誕生以来、世界の研究チームが展開したサルの体細胞クローンの研究は、ほとんどが胚早期以前の段階にとどまり、クローン胚を代理母のサルの体内に移植するまではいかなかった。2 つの実験室だけが胚移植実験を行い、成功しかかったにすぎない。

 2004年、シンガポール国立大学の科学者は、アカゲザルのクローン胚の形成に成功し、これらの胚を30匹余りの代理母のサルの体内に移植し、超音波検査によってそのうち7匹の妊娠を確認した。だ がこれらの胚の母サルの体内での生存期間はいずれも60日を超えなかった。2010年、米国のオレゴン国立霊長類研究センターも体細胞クローンサルの研究を展開し、クローン羊のドリーと似た技術経路を用い、発 育の良好なクローン胚67個を獲得し、10匹の代理母アカゲザルの子宮内にこれらの胚を移植し、その後の検査でそのうち5匹が妊娠していることを確認した。だが生存胚は一つだけだった。不 幸なことにこの胎も最終的に81日目で流産した。

 度重なる失敗の後、多くの科学者は、既存の体細胞クローン技術ではクローンサルをつくれないと考え始めた。体細胞からのサルのクローンにはもともと、次の3つの難点があった。第一に、サ ルの卵母細胞は不透明で、細胞核と細胞質を顕微鏡下で肉眼で識別することができない。このため卵母細胞からの細胞核除去の難度は極めて高い。第二に、サルの卵母細胞は活性化されやすく、少 しの刺激で卵母細胞は分裂し始める。移植されたばかりの体細胞核は「外来者」で、状況がまだわからないうちから卵母細胞が分裂を始めれば、やって来た細胞核は卵細胞分裂の速度についていけず、ク ローン胚の生存はほぼ不可能となる。第三に、体細胞の細胞核と卵母細胞の細胞質はもともと一緒だったわけでなく、無理やり組み合わされたもので、最初から互いを受け入れることはできず、反発し合うこともあり、ほ とんどの場合、一緒に死亡することになる。サルの体細胞クローン胚はそのため発育状態が悪く、胚移植に耐える優れた胞胚の比率は低い。

 最初の難点は技術的問題であり、研究員は、細胞に照明を与える方法を編み出し、アカゲザルの胚操作技術を向上させ、核をすばやく取り除く能力を実現した。残りの2つの難点は、ア カゲザル胚の発育にかかわる内在的問題である。研究員が薬物を用い、細胞核と細胞質の融合を促進すると、再構成された多くの胚が奇跡のように復活し、優れたクローン胚の数量は大幅に増加した。

 2017年11月27日と12月5日、活発で愛らしい2匹の体細胞クローンサルの「中中」と「華華」がついに生まれた。2匹は、260個のクローン胚のうち最後まで生き延びた幸運な子どもと言える。プ ロジェクトの立案からクローンサルの誕生まで、孫強の研究チームは5年余りを要した。サルの体細胞クローンの技術的難易度は極めて高い。

図1

クローンサル誕生の流れ

遺伝子編集サルの産出が目標

 「中中」と「華華」は生まれてすぐに大きな期待を寄せられた。科学者は、体細胞クローン技術と遺伝子編集技術を結びつけ、ヒトの神経疾患を模倣できる動物モデルを開発することを望んでいる。ヒ トの疾患の発症メカニズムの研究、治療効果の高い新薬のスクリーニングのためだ。

 ヒトの遺伝病は7000種以上と予測され、神経系統の疾患もその一部に当たる。大多数の遺伝性神経疾患の発症メカニズムはわかっておらず、薬物の開発は遅れている。科学者らによると、遺 伝子編集技術でサルの遺伝子を改造し、ヒトの遺伝性神経疾患の病原性遺伝子を持たせることで、遺伝子編集サルはヒトの疾患の動物モデルとなり、これらの神経疾患の症状を示すようになる。そ うなれば疾患のメカニズムの研究と新薬のスクリーニングも容易となる。

図2

世界初のクローンサル

 新薬は開発されるたび、動物実験によって安全性と有効性を検証しなければならない。異なる遺伝背景を持つ動物は、薬物への忍容性と反応が異なる。そのため動物実験を行う前には、ヒ トと遺伝背景が一致する動物をできるだけ選ぶ。以前は主にラットまたはマウスを実験動物としていたが、これらのげっ歯類動物は遺伝背景や生理構造、薬物反応などでヒトと大きな違いがある。そのため、げ っ歯類動物の体内では治療効果のある薬物でも、人体の臨床実験に使われると失敗となるものが大多数を占める。

 遺伝子編集技術を使うことにより、サルの一部の遺伝子をヒトの病原性遺伝子に改造し、ヒトの遺伝病の症状を起こさせることができる。体細胞クローン技術では、遺 伝背景が完全に同じ遺伝子編集サルを大規模に生産することができる。サルなどの霊長類動物は、あらゆる実験動物のうちヒトとの親類関係が最も近い。こ のため体細胞クローン技術と遺伝子編集技術を結合した遺伝子編集クローンサルは、最も主要なヒトの疾患の動物モデルとなる見通しだ。

 注目すべきなのは、体細胞クローンサルが誕生する以前に、中国の科学者は世界に先駆けて遺伝子編集サルを育てており、ヒト疾患の動物モデルの開発に重要な土台が築かれているということだ。

 『セル』電子版は2014年2月、昆明理工大学の季維智院士の研究チームが遺伝子編集技術CRISPR/Cas9を利用し、中国の昆明で、世界初の遺伝子編集サルの育成に成功したと報告した。C RISPR/Cas9は最新の遺伝子編集技術で、目標DNA断片の捜索と特異結合を担当するガイドRNAと、目的DNA断片の切断を担当する「分子ハサミ」として機能するDNA切断酵素Cas9を含む。研 究者はまず、サルの単細胞受精卵に設計済みのガイドRNAを注射し、このRNAによってDNA切断酵素Cas9をガイドし、新陳代謝調節と免疫系疾患にかかわる2つの遺伝子を同時に破壊し、2 つの遺伝子をノックアウトしたサルを最終的に獲得した。

 今回、体細胞クローンサルを育成した孫強研究チームもすでに、遺伝子組換えサルと遺伝子編集技術のプラットフォームを構築し、自 閉症遺伝子組換えサルとCRISPR/Cas9遺伝子編集サルの育成に相次いで成功している。今回実験に成功した体細胞クローン技術と遺伝子編集技術を結合すれば、よ り多くのより価値あるヒト疾患の霊長類動物モデルを育成し、ヒトの神経疾患のメカニズムの研究や脳疾患の治療方法や新薬の模索に大きく貢献できると期待されている。

図3

遺伝子編集サル


※本稿は湯波「従克隆猴到基因編輯猴」(『科学24小時』2018年第3期、pp.10-12)を『科学24小時』編集部の許可を得て日本語訳/転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技 術有限公司


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