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テスラ、上海に単独でEV工場 新たな競争時代に入った中国自動車産業

2018年10月1日 閔傑(『中国新聞週刊』記者)/脇屋克仁(翻訳)

外資単独出資の自動車工場が中国ではじめて上海に誕生する。改革開放の歴史を一新する出来事だ。この「栄誉」を手に入れたのは、米電気自動車(EV)大手テスラ・モーターズ。「未来を創る男」の異名をとるイーロン・マスクCEOは、中国でどのようなビジネスを展開するのか。そのはかり知れない影響を探る。

 上海工場はテスラ初の海外生産拠点。ドレッドノート(恐れ知らず)と名付けられたこの工場は、車載電池の製造と車両の組み立てを同一敷地内に併設する、正真正銘のギガファクトリーになる予定だ。

 決定に要した歳月は4年。曲折に満ちた交渉の渦中に身を置き、困難に嫌というほど直面してきた丁磊(ディン・レイ)氏(4年前は上海市浦東新区副区長、現華人運通技術有限公司代表)は「ようやくだね。ただ、遅いというのが実際のところじゃないか」という。

「次世代エネルギー」という言葉自体がまだ珍しかった4年前といまとでは、状況がまったく異なる。「中国の次世代エネルギー車業界は、テスラという『黒船』をライバルとして真っ向から『迎え撃つ』ことになる」(丁磊氏)

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写真1:テスラの創業者、イーロン・マスクCEO 写真/視覚中国

「国産化」をめぐる水面下の争い

 テスラ誘致に名乗りをあげた中国各都市は、厳しい「水面下の闘い」を強いられた。

 2003年創立の米テスラ社は、世界中にファンをもつ新進気鋭のEVメーカーだ。ハリウッドスターやグーグル創業者が顧客に名を連ねる。2014年に中国市場へ参入すると、中国IT・科学技術業界のトップが率先して「宣伝役」を買って出た。

 しかし、中国市場ではまだ脇役に甘んじている。最大のネックはあまりにも高い価格だ。中国国内に生産拠点をもたない以上、販売されるのはすべて輸入車。25%の関税、最大40%の消費税、17%の増値税、そこに利益を上乗せすれば、中国のユーザーは米国の2倍近い価格でテスラ車を購入しなければならない。

 次世代エネルギー車に対する中国の旺盛なニーズが、テスラに中国現地生産実現の可能性を探らせることになった。

 いち早くテスラ誘致に動いたのが上海市。丁磊氏は常にその中心にあった。

 世界中ほぼすべてのテスラ各セクションの責任者と会い、意見を交わし、同社の工場・研究開発センター・コアサプライヤーの実態を掌握した上で、同氏は上海誘致を積極的に勧めた。早急に中国国内に生産拠点を建設するべきだと。

 しかし、テスラの腰は重かった。しかも、①外資(テスラ資本)単独、②製品は登記上自動車ではなく「電化製品」とする、という二つの高いハードルを条件として提起してきた。

「まだEVは目新しいとき。われわれはかなり寛容かつ柔軟な案を提起したつもりだった」(同氏)。だが、半年待ってもテスラの回答はノーだった。当時のテスラは、グローバルな事業展開をする企業構造ではなかったことも多少は影響している、と同氏はみる。

 ただ、テスラ側は中国に対するフィージビリティ・スタディをやめてはいなかった。同時期に上海市以外の複数の都市とも折衝を繰り返しており、より有利な条件を引き出そうとしていたのだ。

 あらゆる条件を加味して多数から最良のひとつを選ぶ――米国内におけるテスラのやり方とまったく同じだった。次世代エネルギー車事業に対する中国地方政府の、衰えることを知らない情熱もまた、テスラ側の「選り好み」を可能にしたといえる。「テスラ中国工場設立」――まことしやかな情報が流れたかと思えば、すぐにデマとして打ち消される。まるで「サスペンスドラマ」のような状況が数年続いた。

 まわりまわって、テスラは候補地を最終的に上海市に絞ることになる。自動車産業のすそ野の広さと豊富な人材を擁する上海市は、結局、どんな自動車メーカーにとっても非常に魅力的だったということだ。

 事情をよく知る人間によると、技術の上での徹底した守秘義務、広大な土地と設備、巨額の援助資金、さらには免税措置の付与……テスラが交渉の過程で各都市に提示した条件はどれも非常に厳しいものだったという。

 しかし、各都市を最も尻込みさせたのは、テスラが固執した単独出資という条件だ。合弁は、中国自動車産業が一貫して守ってきた「譲れない一線」だった。

 国内自動車メーカー保護のため、1994年に中国は「自動車産業政策」を打ち出す。そこでは、自動車・バイク(完成品)・発動機メーカーは合弁、合作企業でなければならず、かつ中国側の出資比率が50%未満になってはならないと定められていた。

 この「単独出資か合弁か」をめぐる熾烈な駆け引きもまた、上海市との交渉を長引かせた要因の一つだといわれている。

生死を分かつタイミングで実現した中国進出

 こうして、ある意味たびたびチャンスを逃してきたともいえるテスラ社は、今年に入って深刻な危機に直面することになる。

 それはあまりにも低い「モデル3」の生産能力だ。

 現状では多少改善されているものの、今年度の第1四半期の総生産台数は約3万5000台、第2四半期は5万3000台。当初の50万台という目標には遠く及ばず、キャンセルも相次いでいる。

 これだけ生産能力が低い主要因は、行き過ぎたオートメーション化にあるというのが業界の見方だ。マスクCEOは機械の導入によって人件費の削減を図った。ところが結果は予想に反し、かえって生産能力の低下をもたらす直接的要因になってしまった。さらに、数十年にわたる経営蓄積をもつ「老舗」自動車メーカーと比べて、サプライチェーン上の不利は明らかだった。

 この生産能力問題のおかげで、世界中にファンをもつ「スター企業」にもかかわらず、テスラは2017年も赤字を計上した。結局、2010年の新規上場(IPO)以来7年間、一度も年間決算で黒字を出したことがないという事態に陥っている。

 この危機を打開し、EV事業を一挙に黒字化させる。中国における新工場建設はそのターニングポイント――多くの分析がそう語っている。

 なぜなら、生産能力に関する問題点は中国工場建設で大幅に緩和するからだ。とくに、質量ともに優れたサプライチェーンを擁する上海市は、完成品メーカーにとって非常に恵まれた環境といえる。自動車産業のすそ野が乏しいシリコンバレーと比べたとき、この強力なサプライチェーンの下支えは、コスト削減・生産能力向上の強い味方になる。

 それだけではない。テスラにとって単独出資で中国国内に工場を建設することは、関税問題の解消にとどまらない意義をもつ。自力で利益率を上げることができるからだ。現在、中国はテスラにとって世界で最も急速に成長している市場だ。テスラの中国市場における昨年の売上額は20億2700万米ドル、前年度90%を超える伸びで米国外では最大の市場になっている。ここに現地生産による価格競争力が加われば、売上はさらに増えることになるだろう。テスラが「国産化(中国現地生産・販売)」によりシェアをさらに拡大し、懸案の50万台生産をクリアすることになれば、中国EV市場に最強のプレイヤーが誕生することになる。

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写真2:テスラの中国市場に対する期待は間違いなく高い。 写真/視覚中国

最後の扉を開いた外資規制撤廃

 熾烈化する中米貿易摩擦は、テスラ「国産化」を一挙に早める起爆剤になった。

 今年7月、中国は対米自動車関税を40%にまで引き上げた。一方、米国以外は現状の15%を維持するとした。

 これにあわせてテスラ社も、販売価格を車種により14万~25万元程度引き上げざるを得なくなった。売上への悪影響は必至だ。

 この中米貿易摩擦の間隙をついてテスラの中国工場建設が実現すれば、それは貿易摩擦回避にむけた重要な糸口になる。

 この状況で出されたのが、「改革開放の歩みを加速させる」という中国政府の大方針だ。その結果、テスラの「悲願」はついに成就することになった。

 今年4月のボアオ・アジアフォーラム開幕式で、習近平国家主席は外資の規制緩和、とりわけ自動車産業における外資規制の緩和を早急に実現することを発表した。

 その1週間後、国家発展改革委員会は記者会見を開き、自動車産業における外資規制全廃を段階的に実現していくと発表。今年は特殊用途車、次世代エネルギー車の外資規制を撤廃し、これを2年後には商用車、4年後には普通乗用車にまで広げ、あわせて合弁企業数を2社までとする制限を撤廃する、とした。

 この新たな改革開放政策の恩恵を直に受けるのは、テスラをはじめとする外資系の次世代エネルギー車メーカーだ。我慢強く待ったかいがあって、マスクCEOは結局望み通りの結果を手にすることになった。「単独出資にゴー・サインを出した中国政府に心から感謝する」(今年5月2日の記者会見で、マスク氏)

 20年以上続いた産業政策上の「レッドライン」はこうして事実上破棄されることになった。この点からいえば、単独出資での工場建設を中国で最初に実現した自動車メーカーとして、テスラはメルクマール的な存在になったといえる。

 中国における自動車合弁企業の嚆矢は、ドイツのフォルクスワーゲン社と上海汽車による「上海大衆汽車公司」だ。時期は1980年代にさかのぼる。

 合弁を通じて「外車」を「国産化」する――この歩みのなかで中国自動車産業が蓄積したものの影響力は、はかり知れない。丁磊氏はその歩みを、身をもって経験してきた一人だ。

「わたしの自動車業界歴は、上海大衆から始まる。サンタナ国産化のプロセスも直に経験した」(同氏)。「当時の中国国内最高水準と世界最高水準の差を、この過程で痛感した。ハンドルひとつとっても当時の中国には品質検査項目が10数個しかなかったのに、フォルクスワーゲン社には70を超えるチェック項目があった」(同氏)

 上海大衆は、国内部品メーカーの水準をドイツと同じ水準に引き上げることに全力をあげた。その結果、国産化率40%の目標を早々に実現することができた。しかもこの比率はその後も上昇していく。今日の中国部品メーカーが世界最高水準とまでいわれるのは、上海大衆のおかげといっても過言ではない。裏を返せば、飛躍的発展を遂げた中国自動車産業の創生期に合弁企業は欠かせない存在だったということだ。同氏はそのようにみている。

 こうした経験を経て、同氏は最大の中米合弁プロジェクト・上汽通用有限公司の立ち上げに携わることになる。

 上汽通用はやがて「合弁による技術導入」の牽引車となり、その結果、上海の自動車産業は「製造」と「開発」の双方で、世界トップレベルの力量を備えることになったと同氏は考える。

 合弁による工場建設にはじまり、技術の買収を経て国産ブランドの産出に至るまで、中国自動車産業は類をみないスピード成長を遂げてきた。この過程をつぶさにみてきた同氏からすれば、今回の外資規制撤廃は中国の自信の表れにみえる。

「全国乗用車市場情報連合会(乗連会)の統計によれば、中国自動車市場の世界シェアはすでに3割に達する。いまや世界最大の市場規模だ。外国メーカーと対等に競争し得る地盤と自信を、中国はこの20年で培った。急成長する国産ブランドがその柱だ」(同氏)

 同氏の分析は続く。「昨年、国産ブランドの国内市場シェアはすでに4割を超えた。経済効果もここ数年で大幅に拡大している。総じて、今回の外資規制撤廃は国産ブランドメーカーのイノベーション力・技術力を高めることになるだろう。それだけではない。さらなる市場開放は、同メーカーがグローバルなビジネス環境に身を置く助けになる。技術水準から規格にいたるまで、すべてを世界標準に引き上げるチャンスだ。国際的リソースも一層活用できる。企業体力は間違いなく向上するだろう」

 その一方で、中国自動車工業協会の許海東(シュー・ハイドン)・事務局長補佐は、自動車産業における外資規制の撤廃は改革開放が新段階に入ったことの表れだが、一定の保護はまだ必要とみる。

「規制をより少なくし、開放分野をより拡大する。これが新段階の方針だ。しかし、自動車産業には外資規制、とりわけ関税保護が必要な部分もまだ存在する。とくに、消費者の認知をまだ得られていないB級車(中型セダン)、C級車(高級セダン)の国産ブランドに対しては一定の保護が必要」(許海東氏)。「とはいえ、改革開放の深化発展を目指す国の方針には適応していかなければならない。確実に増す競争のプレッシャーから逃れることはできないのだから」(同氏)

テスラを「ライバル」として―― 中国自動車業界の覚悟

「国産化」の道を切り開くテスラの上海上陸。中国EV業界にとって「黒船」の襲来であることは間違いない。そのナマズ効果(異分子の参入で内部競争が活性化すること)は明白で、中国自動車産業全体にもたらす影響と衝撃ははかり知れず、国内メーカーは「後退すなわち死」の局面に直面する、という人もいる。

「大歓迎だ。数年前、一連の交渉にかかわった一人として、中国市場という同じ舞台で競争したいという思いはずっと持っていた。中国の次世代エネルギー車業界発展の新段階を切り開くために、ともに奮闘したい」。これは、テスラ上海工場建設決定の報を受けた丁磊氏の言葉だ。もちろん、テスラ上海工場は間違いなく「黒船」だ。競争激化は必至、という同氏の見方は変わらない。

 同氏の提示したデータによると、中国国内における昨年の自動車販売台数は約2480万台、前年比+2.7%。そのうち次世代エネルギー車は78万6000台(セダンは58万4000台)で、前年比が+68.1%にもなる。ちなみに次世代エネルギー車の8割がEVで、販売台数は47万台を数える。

 新ジャンルの自動車が市場で認知を得るには、ベースとして少なくとも年産100万台が必要と同氏はみる。いまの流れでいけば、中国のEVは2年前後でこの域に達する。つまり、2020年に中国EV市場は本当の意味でようやくピークの入り口を迎えるということだ。その時点でテスラが50万台の販売能力をもっていれば、それ自体が市場全体の競争圧力になる。

 同氏の分析は価格帯にも及ぶ。テスラ「国産車」の価格帯は20万元から30万元といわれている。ちょうど高級車と大衆車がせめぎあう価格帯で、市場のシェア争いの激しい戦略上の要諦だ。少なからぬ国産ブランドが「殺し合い」覚悟で続いて参入してくるだろう。

「黒船」テスラの参入。中国EVメーカーはこの「ライバル」を迎え入れ、切磋琢磨していかなければならない。そして今後はスピード勝負になると同氏はみる。「国内メーカーは新旧問わずテスラとの競争になる。技術・商品力など多数の分野でどちらが先んじることができるか。これを同じ土俵で競うことになる」(同氏)

「認知度でテスラにかなわない国内EVメーカーは、シェア争奪のため、こぞってテスラを『ベンチマーク』にするだろう。これは産業全体の大変革を促すことになる」(許海東氏)

「テスラが上海にギガファクトリーを建設することで、中国EV産業チェーンは必ずグレードアップする。ひいてはそれが自動車産業全体の底上げにつながる」(丁磊氏)


※本稿は『月刊中国ニュース』2018年11月号(Vol.81)より転載したものである。


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