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1億元分の「イノベーションバウチャー」の使い道は?―政策実施から2年が経過した済南市の例

2018年11月8日 王延斌(科技日報記者)、李婷、王正君、岳海鷗(科技日報通信員)

 9月27日、山東省が非常に重要な新政策「実体経済のハイクオリティな発展をサポートするための政策」を打ち出した。「『イノベーションバウチャー』政策実施の強化」が特に強調され、多くの中小・零細企業が期待を高める「政策の実施範囲が拡大」され、「構想」から実際の「行動」へと変化している。

 済南市では、イノベーションバウチャーの発行が早くから実施されている。1年前、済南市科技局、済南市財政局は共同で、中小・零細企業イノベーションバウチャー実施管理規則の実施をはじめ、限りある科学研究経費の中から1億元(1元は約16.4円)を捻出し、「イノベーションバウチャー」という形で、条件を満たす企業に、最高60万5000元を交付している。サービスのハードルを下げたり、サービスのスタイルを増やしたりする面で、また受け取ることのできるイノベーションバウチャーの最高額の面で、同市は中国全土の都市の先頭を走っている。

 科技日報の記者がこのほど、一部のハイテクパーク、企業を取材して、済南市のイノベーションバウチャーの利用状況を調べた。イノベーションバウチャーはそれら企業にとって、何を意味するのだろう?企業がイノベーションバウチャーを重視しているのはなぜなのだろう?

「イノベーションバウチャー」が人脈と資金をもたらす

 劉慶博さんが所属する「大東科技城」は、済南市内の繁華街に位置する。窓から外を見ると、多数の車両が行き交い、ビル内も活気にあふれていた。スタートアップ企業約80社が5-6階建てのこのビルに集まっている。

 「小規模・零細企業は資金が不足している」。毎日、これらのスタートアップ企業に対応している管理者の劉さんは、それら企業が抱える苦労を熟知しており、「それら企業の融資ルートも視野も狭い。それでも、チャンスはあるということが多い」と話す。

 劉さんの話す「チャンス」とはイノベーションバウチャーのことだ。規定では、済南市は大きくわけて2分類、計8種類のイノベーションバウチャーを発行している。中でも「活動バウチャー」は、特恵型のイノベーションバウチャーのひとつで、そのサポート対象は、中小・零細企業、起業者で、企業1社が1年間で受け取ることができる補助金の最高額は10万元だ。このバウチャーがサポートするのは、フォーラム、サロン、ロードショー(販売説明会)、マッチングイベント、プロモーションなどの「活動」だ。

 2017年下半期のある会議で、劉さんは、イノベーションバウチャーのたくさんのメリットを耳にした。インキュベーターの管理者である劉さんは、さまざまな活動を頻繁に企画しなければならず、自然と活動バウチャーには思い入れがある。

 エントリー、申請、補助、棚卸など、「活動バウチャー」は意外な化学反応をもたらす。元々活動への参加には積極的ではなかった小規模・零細企業も積極的になり、多くの銀行、投資家、政府の管理層なども、劉さんに招き入れられ、以前は政策について知らなかった企業もそれを熟知するようになったため、企業内で政策が活用されるようになっている。

 空気清浄機を主力商品とする「億尚同顔生物科技公司」は、劉さんがサービスを提供する企業の一つで、イノベーションバウチャーの受益者だ。同社は、資本のマッチングや政策のPRを通して、研究開発費用の追加控除などに関する有用な情報を知り、研究開発費用を節約することができただけでなく、資本の注目を集めることもでき、最終的に上場を果たした。

 「イノベーションバウチャーの発行は、政府が『大衆による起業・イノベーション』に関連する活動を重視し、推進していることを意味する。資金のほか、イノベーションバウチャーは、企業が情報を取得できるようサポートし、企業が成長できるよう専門的なバックアップをする」と劉さん。

 このモデルケースがもたらす効果は無限である。現在、「大東科技城」が活動を企画する頻度は、1ヶ月に1回から3回に増え、イノベーションバウチャーがきっかけとなって、多くの起業家が、それを活用したことのある企業から経験を学び、力を得ている。

「5分で高純度の水素製造」に見るイノベーションバウチャーの力

 作業場に最先端の水素製造装置が整然と並んでいるテクノロジー型企業・賽克賽斯氫能源公司(以下、賽克賽斯)は、海外市場の高い需要が後押しとなって研究開発が進み、生産が急増している。

 山東応用化工研究院から誕生した賽克賽斯は、イノベーションバウチャーを存分に活用している。10万元の「ハイテク企業育成イノベーションバウチャー」、30万元の「『金の種』(発展の可能性が高いスタートアップ企業)イノベーションバウチャー」、5万元の「科学技術資源シェアサービスバウチャー」など、合わせて45万元のサポートがもたらす数々のメリットに、同社の丁孝涛・副総経理は満足している。

 中国国内では早くに固体高分子電解質(SPE)水素製造技術を研究開発した賽克賽斯は、30年前に、コア技術の確立に着手し、今では、海外から帰国した専門家や、シニアエンジニア、修士課程修了者からなるチームが、コア技術であるSPE水素製造技術を確立し、中国科学院長春応用化学研究所と提携することで、専門家が成果を確実に挙げ、年間20%の研究開発資金投入を通して、年間生産量が58%増加した。

 イノベーションバウチャーは企業にとって何を意味するのだろう。まずは、「資金」面のバックアップだ。丁副総経理は、「2015年、当社の研究開発資金は67万元で、その後は年々増加して、17年には549万元に達した。研究開発資金は185%増加した。45万元という補助金は、当社の2015年の研究開発資金の半分以上を占めており、本当に大きな存在だ」と説明する。

 しかし、最も重要なのは「資金」面ではない。

 「まず、イノベーションバウチャーは、企業の研究開発部門に活力を注入し、成果の転化を加速してくれる」と丁副総経理。SPE水素製造技術を専門にするという道を歩むことに集中している賽克賽斯は現在、機械を作動させてから5分で、高純度の水素を作ることができる。これは、同業界では驚異的な速さだ。「また、もっと重要なのは、イノベーションバウチャーが政府によるサポートの方向性を提示しており、企業が進むべき道がはっきりわかるという点だ。国が政策主導している業界が風に吹かれてふらふらしているようでは、中小・零細企業にとっては致命的な打撃となる」。

 どのようにすれば、政府からより多くのサポートを得られるか?政府当局が積極的に行動しているほか、賽克賽斯も専門のプロジェクト部を立ち上げて政策とのマッチングに取り組んでいる。

『製品を売る』スタイルから『サービスを売る』スタイルへの舵切り

「山東康威通信技術有限公司」のスマートパトロールロボットは、湿っぽく、汚く、腐食した、デコボコな地下道を進み、曲がり、防火ドアを通過するなどの動作を実現し、70以上の機能テストに合格した。これは、中国では前例が少ない、ロボットを利用したケーブルトンネルをパトロールするテストだ。

 2002年に立ち上げられた「康威」は、済南ハイテクパークの電子情報企業の中では、「ベテラン」企業だ。同社は以前、電力や水利業界、刑務所などのオンライン監視システムの研究開発に取り組んでいた。歴史ある工業都市・済南を取材すると、「ベテラン企業」が、新たな戦場を見出したというケースをよく耳にする。それを実現するために、企業はターニングポイントを作る「刺激」を必要としている。

 済南市科技局は毎年、多くの企業が一堂に会して交流したり、最新のテクノロジー政策を企業に伝えたりする、さまざまな活動を企画している。最近の活動で、企業に紹介されたのが「イノベーションバウチャー」関連の情報だ。政策を制定した済南市のテクノロジー当局の責任者にとって、イノベーションバウチャーは、単なる「券」ではなく、企業の視野を開く「鍵」でもあり、さまざまな活動、交流、情報を通して、企業が成長できるよう助けている。そして、多くの企業が、空を見上げることなく仕事に専念し、長い目を持つことができれば、大きな可能性があり、いろんなアイデアが出てくると見ている。

「イノベーションバウチャー」の20万元は、上場企業にとっては、決して大きな額ではないが、方向付けをしてくれる大きな存在となっている。康威の責任者は取材に対して、「イノベーションバウチャーなどの政府政策から方向性を見つけることができ、自社の状況と合わせて調整して、それをスキルに変えることができる。そのため、当社は、政府が構築した民生プロジェクトを活用し、現代技術を利用して伝統的なプロジェクトに変化をもたらし、『製品を売る』スタイルから『サービスを売る』スタイルに舵を切った」と説明した。

 康威の首脳陣の目は正しかった。政府が重視するのは政策、資金、注文があり、企業による積極的な舵切りであり、流れに乗るというのは、市場の流れに乗るという意味であった。こうして康威は、急速に成長して、大きな成果を生んだ。伝統企業も精彩を放つことができるということを、康威は証明した。

 1枚の「イノベーションバウチャー」が、中小・零細企業や起業チームの研究開発コスト削減をサポートし、眠っているテクノロジー資源に息を吹き込み、公共のテクノロジーへの投資拡大につながっている。企業、科学研究機関、政府がメリットを受けるというのは、政策の制定者である済南市のテクノロジー関連当局が期待していたことだ。済南市は、ここ2年の政策実施によって、固い決意で一つのことを追求し、努力することには価値があるということを証明した。

 しかし、政策の価値を最大化するための取り組みに終わりはない。企業、科学研究機関、政府には、さらなる壮大な目標がある。


※本稿は、科技日報「一億元“創新券”怎幺花?―済南創新券政策落地両年盤点」(2018年11月1日第06版)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。


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