【18-03】白岩松さんの“W杯ショータイム”

2018年7月20日

青樹 明子

青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事

略歴

早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。
日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中
近著に『中国人の頭の中』(新潮新書)

主な著作

「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」 

 80年代後半から90年代にかけて、日本においてテレビの報道番組をリードしたのは、キャスター久米宏さんだった。私は久米さんの大ファンで、久米さんがどうコメントするのかが楽しみで、毎日ニュース番組を見ていたような気がする。

 日本のニュース番組から久米さんの姿が見られなくなって久しいが、かつての久米さんに匹敵するような“神MC”が中国にもいる。CCTV中央電視台キャスター白岩松さんである。

 西側諸国とは政治体制の異なる中国で、メディア上での言論には数々の制約があるだろう。しかし不思議なことに、白さんのコメントは自由闊達という印象さえ受ける。

 私は、白さんのコメントが聞きたいがために、ひたすら中国の報道番組を見続けている毎日だ。

 その白岩松さんが、2018年ロシアW杯で、さらなる注目を浴びている。動画共有サイト・优酷youkuの特別番組<白看世界杯>(白が看るW杯)において、金言・名言を頻発し、視聴者からは“国家級・名言作者””W杯コメント王”等と、絶賛されているのである。

 まさに“白岩松W杯ショータイム”だが、それはこの言葉から始まった。

「ロシアW杯で、中国は代表チーム以外、すべてが参加している」。

 それは、こういうことだ。

「(中国は32ヵ国に上る出場国ではないが)中国人は参加国のスペインやイングランドを上回る4万人が、ロシアW杯のチケットを購入した。これは世界で9番目である」

「中国企業が投じた広告費は8億3500万ドルで、米国を上回る額になった」

 …等々で、

「代表チーム以外、中国のあらゆる要素が、ロシアW杯に出現していることは、まさに民間交流の密度の濃さが見て取れるようなものだ」(白岩松)

 となる。

 痛いところを突く辛口のコメントだが、すべてがデータに基づく事実なので多くの中国人が共感した。

 中国企業のW杯広告費については、すでに世界中で報道されている。

 ピッチを囲む壁には、アルファベットの他、多くの漢字が並んでいたことに、開幕当初から、世界中のサッカーファンが注目した。漢字は漢字だが、日本人には見慣れないものである。“万达”“蒙牛”“海信”そして“维沃vivo”、中国の人々や、私のように中国で長く生活していた外国人には、すべておなじみの中国企業名である。

 ロシアW杯では、合計7社の中国企業がW杯スポンサーとして参画している。中国国内の報道によると、W杯期間中、世界各国の企業による広告への投資は124億ドルに上り、そのうち中国企業の投資は、3分の1に当たる8.35億ドルである。アメリカ企業は4億ドルなので、2倍以上となり、開催国ロシア企業の投資6400万ドルをも上回る。

 4年前のブラジルW杯で、中国企業のスポンサーは1社だけだったということを考えると、四年間の変化はすさまじい。

 そればかりではない。

 五糧液、濾州老窖、剣南春など白酒企業も自社製品をロシアに送った。白酒はアルコール度数が半端なく高いが、ロシアにはウオッカという高アルコール度数のお酒を飲む習慣があるので、W杯観戦に適した酒だという判断だろう。

 濾州老窖は2018年W杯公認の唯一の中国白酒なのだそうだ。

 酒類だけではない。食の面でも中国は存在感を見せていて、W杯期間中、数十万匹ものザリガニがロシアへ運ばれたと言う。

 乳製品の蒙牛は、中国国内でW杯牛乳を売り出し、中国でも人気の高い、アルゼンチンのメッシ選手がCMキャラクターとして起用されている。

 物流だけではない。人の流れも中国抜きでは語れない。

 FIFA(国際サッカー連盟)の公式サイトによると、6月7日の時点で240万枚を超えるチケットが販売されたが、中国人の入場券購入数は世界で9番目に多い40万2551枚だと言う。

 もちろんトップは開催国のロシアで、87万2000枚。次いでアメリカ(8万8825枚)、ブラジル(7万2512枚)、コロンビア(6万5234枚)、ドイツ(6万2541枚)、メキシコ(6万302枚)、アルゼンチン(5万4031枚)、ペルー(4万3583枚)、そして中国である。これは出場国のオーストラリア(3万6359枚)、イギリス(3万2362枚)より多い。これに中国のW杯スポンサーが配る入場券の数なども合わせると、2018年ワールドカップ期間中、10万人以上の中国人観光客がロシアに行ったことになる。ロシアで中国人旅行客が生み出す金額は、30億元(約505億円)とも言われている。(第一財経の報道より)

 このような中国版・W杯経済が隆盛を極めるのも、中国人のサッカー人気によるものだろう。

 中国のサッカー人気は半端ない。マラドーナ氏・ベッカム氏から始まり、メッシ選手、ロナウド選手は、中国でも大スターである。

 私の中国の友人は、マラドーナ氏が初めて訪中した際、一目彼の姿を見たくて、立ち寄り先に駆けつけたという。

 しかし、あまりに多くのファンが集結したため、とても本人に近づくことができない。そこで友人は一計を案じた。近くの木に登り、「サインください」と書いたメモを丸めて、ゴム紐を付け、そのメモをマラドーナ氏めがけて投げたのである。マラドーナ氏も上から降ってきた紙つぶてに驚いた様子だったが、ちゃんとサインをして投げ返してくれたという。そのサインは、友人にとって一生の宝物となった。

 90年代半ば、初めて北京に住み始めた頃、中国の友人が自宅に招いてくれた。おりしもサッカーの試合中継があり(何の試合か不明)、友人は私の相手をしつつも、テレビ画面が気になって気になって仕方がない様子で、3分の2をテレビ画面に、残りの3分の1を私に向け、忙しそうにしていた姿を、よく覚えている。日本では今ほどサッカー人気が高くない時代だったので、中国のサッカー人気がとても珍しいものに映った。

 そして、日本のサッカー選手も、同じアジア人として、中国でも人気である。たとえ反日デモの最中であっても、日本のサッカー選手は、彼らのアイドルだった。

 この高いサッカー人気にも関わらず、中国のサッカーが世界レベルに達しないのは何故だろう。

 白岩松さんは「国内リーグの年棒が高すぎる」からだと指摘する。

 中国選手は、海外チームに行きたがらない。中国国内でプレイしたほうが収入になるうえ、異郷の地で外国人選手と競って苦しむ必要もないからだ。

 白岩松さんは言う。

「たとえば、日本代表チームの場合、多くの選手が海外で能力を伸ばしたいと考えている。

 ロシアW杯で、初戦先発出場した11名のうち、10人がヨーロッパで活躍する海外組だった。韓国代表は6人が海外組である。彼らは海外の一流選手の間で揉まれて、能力を磨いている。

 それに引き換え、中国の選手たちは、中国国内で力を発揮すればいいと考え、海外に出て行きたがらない。その理由は、高い報酬にある。ヨーロッパの有名クラブよりもなお、中国のクラブのほうが年棒は高いのが実情である」

 聞くところによると、中国国内リーグの選手は、平均して500万元から600万元(約8400万円から約1億円)の年収を得る。トップチームになると、平均で1590万元(約2億6700万円)という驚異的な数字となる。ちなみに日本の国内選手の場合、平均年棒は2661万円と言われている。

 こういう状況下、中国がW杯に参加する可能性はあるのだろうか。

 白岩松さんは、今後3年間で大きな進歩は望めないと言う。

 「2022年はまだ我慢である。軍備拡張の年、2026年を待つしかないだろう」2026年、出場チームが32か国から48か国へと拡大されることを指している。

 厳しいことを言っていても、白岩松さんの中国サッカー愛は強い。

 「日本代表と中国代表との違いは何か」を問われたとき、白さんはこう答えている。

「30年前、私はテレビ局の実習生だった。その時機械に囲まれる部屋で、自分が目の当たりにしたのは、中国が日本を2:0で破り、ソウルオリンピックに出場を決めた試合である。30年が過ぎた今、中国チームのレベルはどうなのか。中国人が待ち望んでいるのは、日本代表が、決勝リーグで強豪ベルギー相手に2点先取した、あのような時間である」。

 中国は「やる」と決めたことは必ず「やる」という国である。

 習近平主席が、サッカー強化を国策に掲げるなか、中国がW杯に出てくる日は、遠くないだろう。

 同時に、ロシアW杯において繰り広げられた、中国企業の “スポーツ経済”は、今後あらゆる世界的なスポーツイベントで、ますます拡大していくに違いない。


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