【18-06】夏季ダボス会議における李克強総理の発言

2018年10月18日

田中修

田中 修(たなか おさむ):奈良県立大学特任教授

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2009年10月~東京大学EMP講師。2018年4月~奈良県立大学特任教授。学術博士(東京大学)

主な著書

  • 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

 李克強総理は9月19日、天津で開催された夏季ダボス会議で開幕挨拶を行うとともに、国際工商企業界の代表と対話交流を行った。

 この会議は、上半期の経済情勢を踏まえ、李克強総理自らが経済情勢判断と今後の経済政策の方針を内外に明らかにする場として、重視されている。特に、今年は米中経済摩擦が激化している状況での発言であり、注目をあびた。

 本稿では、李克強総理の発言の概要を紹介する。

1.開幕挨拶

 まず、経済の現状については、成長率が連続12四半期、6.7%~6.9%の中高速区間で安定しており、雇用情勢も良好であることから、「総体としてみれば、中国経済は引き続き安定の中で好い方向に向かう発展態勢を維持している」とする。

 しかしながら、外需については、米中貿易摩擦の深刻化を踏まえ、「世界経済貿易の環境は顕著な変化が発生しており、世界に深く融け入った中国経済に影響をもたらすことは避けられない」とし、内需についても、「最近、国内投資・消費の伸びはある程度鈍化している」として、経済の平穏な運営が難しくなってきていることを認めている。ただ、「歴史上、我々は何度も極めて峻厳な試練に直面してきたが、それに持ち堪えただけでなく、以前よりも更によく発展してきた」とし、「当面の困難と試練に対応する底力・能力・方法を、我々は有している。中国経済の列車は、ダウン・失速することはなく、必ず安定的に遠くへと進んでいく」と、今後の経済運営についての自信を示している。

 マクロ経済政策については、「中国は、『バラマキ』式の強い刺激を過去に行ったことはないし、現在も行うつもりはない」とし、政策の基本的方向を変えず、事前調整・微調整を重視し、経済を合理的区間に維持するとしている。なかでも、「中国のような人口大国にとっては、雇用の安定が一番大事であり、引き続き雇用を確実に保障しなければならない」とし、十分な雇用の確保を、政策の最重点に置くとしている。

 財政政策については、「積極的財政政策をより積極的にし、内需拡大と構造調整においてより大きな役割を発揮させ、引き続き減税と費用の引下げを推進する」とし、安易な公共投資拡大を否定する。金融政策についても、「穏健な金融政策は緩和・引締めを適度にし、マクロレバレッジ率を安定させ、流動性の合理的充足を維持し、中小・零細企業の資金調達難・資金調達コスト高の問題解決に力を入れる」とし、全面緩和ではなく、中小・零細企業の資金調達の円滑化を重視している。

 また、最近の人民元レートの下落について、「中国が意図的に行ったと考える人がいるが、これは事実に合致していない。なぜなら、人民元レートが切下げに向かうことは、中国にとって弊害が多く、利益が少ないからである」とし、米国の高関税政策に為替レート引下げで対抗しないことを明らかにした。

 今後の経済政策については、次の3つに力を入れるとする。

(1)改革開放の推進

 市場参入を一層緩和し、各種所有制企業、国内・外資企業のために、扱いが同等で競争が公平な市場環境を作り上げる。民営企業の投資を阻害する隠れた障碍を除去する。各種財産権を厳格に保護し、企業家の起業・イノベーションを奨励する。

 一層開放を拡大し、国際的な経済・貿易ルールとのリンクを強化し、世界一流のビジネス環境を作り上げる。

(2)構造調整

 伝統的製造業をグレードアップさせ、新興産業・サービス業の発展を支援する。落後した生産能力を淘汰し、中国製品・サービスの品質革命を実現する。個人の多様なルートによる増収を促進し、消費能力を持続的に増進する。新しい個人所得税法を速やかに実施し、個人の税負担とりわけ中低所得層の税負担を顕著に軽減する。インフラと民生分野の脆弱部分への有効な投資を拡大する。

(3)イノベーション

 基礎研究と応用研究を支援し、企業が研究開発に投入することを奨励し、イノベーションの成果の実用化を加速する。

 知的財産権を保護する法体系の執行力を強化し、より厳格でより威嚇的な権利侵害への懲罰的賠償制度を実施し、各方面のイノベーションのためにより確かな保護を提供する。

2.国際工商企業界の代表との対話交流

 李克強総理からは、次の発言があった。

(1)脱レバレッジ

 「中国のレバレッジ率(債務比率)は、過去数年確かに上昇が比較的速かったが、今年上半期のレバレッジ率の上昇幅は縮小している」と債務比率引下げ政策が効果を上げているとしながらも、「同時に、いくらかの企業とりわけ小型・零細企業が、資金調達難・資金調達コスト高の問題に直面していることも我々は発見した。我々は一連の措置を採用して、この問題解決を推進しているところである」とし、債務比率の引下げと経済の安定の両立に苦心している状況を率直に語っている。

(2)国際貿易

 「我々は、貿易保護主義の台頭の問題、マルチ貿易ルールの基礎が一定の揺さぶりを受けている問題を、軽視することはできない」とし、「我々は、マルチ貿易のルールは世界の絶対多数の国家が共同で協議し多年にわたり履行してきたものであり、このルールの基礎は、すなわち自由貿易を擁護しなければならないことだと考えている」と保護貿易主義を批判する。同時に、現行のマルチ貿易ルールに問題が存在することを認め、話し合いにより、「世界の発展の需要により適合させ、包摂的な成長の需要により適合させることはできる」としながらも、「改革は、いずれも『別に新たなものを作る』のではない」として、既存の国際貿易秩序に挑戦するわけではないことを強調している。

(3)金融の開放

 「現在我々は外資の銀行投資に対し、既に持株比率規制を取り消した。将来数年、我々は保険・証券方面でも持株比率規制を取り消し、秩序立てて100%の持株比率の経営を推進する」とし、3年の時間をかけて、若干の条件に合致した外国企業に、中国で100%の持株比率の金融経営資格を持たせる意向を示した。

(4)知的財産権の保護

 米国から批判されている知的財産権の問題については、「知的財産権を保護しなければならないことは、中国の一貫して遵守している方針である。これは外資吸収のためだけでなく、知的財産権を保護しなければ、中国経済が転換・グレードアップし、中国産業がロー・ミドルエンドからミドル・ハイエンドに向けて歩み出すことは不可能となる。これは、我々自身の利益のために必要であり、国際ルールにも合致する」とし、権利侵害行為への懲罰を強化するとともに、「我々は決して強制的に知的財産権を譲渡させることはない」と、今後知的財産権保護を強化する姿勢を示している。

(5)税・費用負担の軽減

 まず「下半期に入って以降、中国は中央から地方までいずれも比較的大幅に税収が下振れており、その主要な原因は5月1日、我々が増値税と関連方面の減税措置を一層推進したことにある」とし、税収の落込みは政策的要因であることを強調する。

 そして、「今後、錯綜し複雑な国際情勢と国内発展が直面する困難・試練に対して、我々は更に大規模な減税と更に明白な費用引下げを実施しなければならない。増値税の税率は、なお引き続き引き下げなければならず、個人所得税の特別付加控除は公平・簡便に個人に対して速やかに実施し、彼らの消費能力を高めなければならない」とし、減税により内需を喚起する姿勢を示している。

 なお、来年から税務部門が社会保険料を代理徴収することになるが、この目的は「社会保険料の現行の徴収政策の安定を確保し、保険料の徴収効率を高めること」であり、徴収の厳格化により企業の負担を加重するものではなく、むしろ「社会保険料の料率を顕著に引き下げ、企業の負担を軽減しなければならない。政府は懐が苦しくなっても、企業を苦しめてはならない」としている。

 また、「中国に登記している全ての企業は、外資であれ、民間資本であれ、各種所有制企業に対して、我々は同一と見なし、行政を簡素化し、減税・費用を引き下げる措置について皆さんに公平に対応する。もし不公平があれば、訴えて構わない」と、外資を差別しない旨を強調している。

(6)起業・イノベーション

 まず「中国が大衆による起業・万人によるイノベーションを推進するのは、『各個人はいずれもイノベーション能力をもっており、いずれも創造の可能性を有している』という理念に基づいている」とする。そして、イノベーションについては、①各個人の創造の潜在能力を動員しなければならない、②各個人にイノベーションの平等な機会を与えなければならない、③グローバル化の大背景の下のイノベーションでなければならない、とし、「私は重ねて申し上げるが、我々は必ず知的財産権を厳格に保護する。イノベーションには革新的な思考が必要であり、知的財産権が必要である」と再び知的財産権保護を強調している。そして、外国の企業家・科学家・各方面の人士が中国のイノベーターと一緒になって、中国の発展、さらには人類の発展・進歩を共同で推進することを希望するとしている。


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