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「個人情報を国外に出さず、管理する」IT基本方針から予想する未来

2018年4月2日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身、41歳。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より、中国では雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コ ンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のインターネット史: ワールドワイドウェブからの独立( 星海社新書)」「新しい中国人 ネットで団結する若者たち(ソフトバンク新書)」など。

 中国のインターネットの特徴のひとつに強力なネット規制が知られている。よく知られるところではTwitterやFacebookやYouTubeなど、様々な著名サイトにアクセスできないというものだ。これらは中国の管理外で中国に不都合な情報を見せない、出さないというものがある。

 もうひとつの特徴として、中国はワールドワイドウェブ、もっというとアメリカ支配、ないしは西側諸国と共有するインターネットからの独立を一貫して考えているという点がある。この意味は、中国国内と中国国外のサイトを見ることは可能であるが、インターネットルールは世界ルールではなく各国が決めるというものだ。これは中国が浙江省の烏鎮という場所で、毎年アメリカのIT企業やアジア・アフリカ諸国のトップを招聘して開催する「世界互聯網大会(世界インターネット大会)」でも毎回主張している。

 また国務院が2016年7月に発布した「十三五国家科技創新計画(第13次五か年計画中国国家ハイテククリエイティブ計画)」においても、数ある目標のひとつとして、国家ハイテクプログラム重大特別プロジェクト(国家科技重大専項)において、中国側で全てが把握できるCPUやネットワークやOS製品の開発が指定されている。

 情報産業省にあたる中国政府工業和信息化部は、2014年より国家情報セキュリティーと国産化戦略高レベルフォーラム(国家信息安全与国産化戦略高層論壇)を毎年実施。そこで中国国外製品を採用することについてのセキュリティ面での問題を提唱するとともに、昨年は仮想化技術について討論が行われた。仮想化技術といえば、最近では微信や支付宝に採用されたミニプログラムが挙げられる(これについては後述する)。

 世界で共通するインターネットから、自国で管理するインターネットへ。中国はそのリーダーとなる。

 中国流の「自国で管理するインターネット」とは、「情報を国外に漏らさないようとすること」、かつ「中国ネットユーザーの動きをできる限り可視化すること」を意味する。この2つの大きな柱から考察すると、中国で近年発生した政府や企業のアクションの理由が垣間見えるし、また中国人の近未来のITデバイスの使い方が見えてくる。中国の大手IT企業の阿里巴巴(Alibaba)やアントフィナンシャルや騰訊(Tencent)のシステムがアジア・アフリカなどの他国に輸出され普及すれば、その国は中国と似たようなIT環境となるだろう。

 筆者はこれまでのサイエンスポータルチャイナ掲載の記事において、政府発表に準じた未来予想を行った。今回はこれまで中国ITを十数年見てきた筆者の経験からやや大胆に予想する。しかしこれまでの中国の時に奇妙とも思えた業界での動きさえも、この2つの大きな柱から考えると理に適うことから、大胆すぎた予想ではないと考える。

 昨年の6月からは網絡安全法(ネットワークセキュリティ法)が施行され、中国国外への個人データの持ち出しができなくなった。個人データを外に持ち出してはいけないという原則から、Apple製品については中国ユーザー向けのiCloudサーバーが中国国内に新たに作られた(ちなみに内陸のビッグデータ産業を集中させる「貴州省」にある)。iCloudに保管する写真やファイルなどあらゆるファイルが中国側で管理されるようになる。

 またMicrosoft製品については、昨年5月にOneDriveやフィードバック機能などを搭載せず、WindowsUpdateも中国国内のサーバーで完結する「Windows 10中国政府版」がリリースされた。Googleサービスについては、その多くが利用できないが、中国で普及するAndroid搭載製品についてもGooglePlayにはアクセスできず、中国各企業がリリースした独自のアプリストアからダウンロードするようになっている。パソコン向けのWindowsを代替えする中国独自OSや、Androidに代わる中国独自OSを開発しているのも情報を外に漏らさないようにするというのがその理由だ。

 網絡安全法の延長で、様々なネットサービスの実名利用を強いられるようになった。スマートフォンのサービスでは実名で取得した電話番号を登録しての利用が必須となっているが、パソコン向けサービスですらスマートフォンからの認証作業が必要となった。例えば淘宝網では、パソコンからECサイトにアクセスして商品を見ることはできても、会員ログインする際には、パソコンのディスプレイ上に表示されたQRコードをアプリのQRコードリーダーから読まなければログインができなくなった。パソコンだとネットサービスを利用するにもアプリが入っているスマートフォンを用意しなくてはならず手間がかかる。

 パソコンといえば、スマホで撮った写真のバックアップとして必要に思えるかもしれないが、急速にパソコンが不要となっていく。中国ではもともと外付けハードディスクドライブや光学ディスクドライブはそれほど販売されておらず、日本ほど普及していない。外付けドライブで保存する習慣がある個人は主にプロフェッショナルに限られることとなる。定番のサービスをパソコンで使おうとするとスマホとの提携が必要となり手間がかかる。パソコンが手間のかかるものとなれば、中国人のプライベートでのパソコン離れは他国よりも早いスピードで加速する。

 ここ最近中国から発売されるスマートフォンは、micro SDカードスロットを排除したものが目立ってきた。microSDカードによる写真の保存はできなくなる方向に進むだろう。現状USBケーブルでもPCとつなぐことはできるが、スマホとPCのファイルをやりとりする場合、騰訊(Tencent)の微信(WeChat)の「ファイル転送用アカウント」に写真やファイルを送る行為が定番のひとつとされている。またクラウドにバックアップする際は騰訊の「QQ空間」というサービスが定番だ。QQ空間は本来ブログサービスであるが、写真のクラウドストレージとして最近は使われている。画像のやりとりで騰訊が関係してくる。騰訊はユーザーが撮影した画像や映像関連のファイルの流れを確保していることから、画像系の研究開発が進みやすくなる。

 他のクラウドストレージはどうかというと、無料のクラウドストレージの専門業者は2016年の上半期までは無数にあったのだが、2016年3月から4月にかけて、百度や360など一部の大手企業を除いて、多くの業者が政府の指摘を受け、クラウドストレージサービス終了を突然発表した。その理由は「海賊版やポルノコンテンツの温床になっているから」というものではあるが、それが最も酷い状況と言われていたのが百度とユーザーの間では言われていたことから、その指摘に中国のネットユーザーは納得していなかった。だが個人情報を大手数社に集約して把握するために政府が動いたと考えれば腑に落ちる。

 データをネットの大手数社にまとめるという考え方は、銀行業界でも動いている。中国銀行は騰訊と、中国建設銀行は阿里巴巴と、中国農業銀行は百度と、中国工商銀行は京東とそれぞれ提携する。業界大手同士がタッグを組んだフィンテック戦略ととらえられるが、個人情報を大手数社にまとめて管理できるようになるとも捉えられる。

 ところで、「中国国外に情報を漏らさない」「個人情報を大手数社にまとめる」という目的があると仮定すれば、微信や「支付宝(アリペイ)」に採用されているアプリ内プログラムの普及が加速していくだろう。

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微信の中から起動する「ミニプログラム(微信小程序)」

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支付宝の中から起動する「ミニプログラム(支付宝小程序)」

 微信とアントフィナンシャルの支付宝がユーザー獲得に向け、ますます対応アプリを増やしているほか、最近では「ファーウェイ」「小米(シャオミ)」「OPPO」「VIVO」などの定番スマートフォンメーカー9社もまた合同で「快応用」という同様のサービスを発表している。各社で呼び方は異なるが、とりあえず当記事内ではアプリ内プログラムとする。アプリ内プログラムというのは、その名の通り例えば微信の中で、専用のアプリを起動するというもので、シェアサイクルやシェアバッテリーなどのアプリや、マクドナルドなどのレストランやショップほか、すでに無数のアプリが登録されている。中国での都市部で起動すれば、驚くほど多くのレストランやショップが専用アプリを作っていることがわかる。

 前述のように、中国は情報が漏洩しないよう中国国産OSを作ろうと試行錯誤し、網絡安全法を作り施行させた。アプリ内プログラムの目的は、もちろん騰訊なりアントフィナンシャルなりの動線の囲い込みであり、個人情報の取得であるのは言うまでもない。ただそれだけでなく、Windowsに代わる独自OS開発からはじまった西側諸国のインフラからの独立であり、特に中国ユーザーの個人情報について極力中国国外に漏らさないという意味で、このアプリ内プログラムの普及を推進していくのは自然な考えだ。アプリからアプリ内プログラムへとシフトしていくのではないかと思っている。

 ただWeChat国際版でも「ミニプログラム」があるように、中国国外でもリリースしている。まだ中国国外では本格的な普及には向かっていないのでなんともいえないが、こうした中国のネットインフラが世界に浸透し始めた時に、次のアクションを複数仕掛けてくるだろう。

 予想をまとめると、近い将来、コンシューマーユーザーのネット利用はパソコンが不自由になり、スマートフォンがないと様々なネットサービスが利用できなくなる傾向が強まる。撮った写真や文書まで把握される可能性もあるだろう。またBAT(百度・阿里巴巴・騰訊)やECサイトの京東やスマートフォンメーカーなど有力企業数社にほぼ個人情報が集約される。アプリ内プログラムが推進され、それを運用する数社が個人データを収集するというネット業界地図となるのではないか。


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